13 カティアの罪

シャーリィ

 ドラゴンが飛来した時、俺たちはちょうど要塞を囲む城壁の上にいた。

 ぶうぉぉぉおん。

 近くを飛んだだけで何人もの兵士が、まるで木の葉のように吹き飛ばされた。

 さっきまで盛大に燃えていたかがり火は消え、月明かりだけがドラゴンの巨大な姿を照らしていた。兵士たちは警鐘を鳴らすよりも、まず胸壁にしがみつくことに集中しなければならなかった。


 でけえ。

 リーリアの時もそう思ったが、このドラゴンは彼女よりひと回り以上は大きかった。それが飛ぶんだから始末に負えない。


「佐野クン、ここからどうやって逃げるの?」


「飛行魔法を使う。風の影響を受けるとヤバいから、もっと離れてからにしよう」


「飛行魔法?」


「俺は今、【大賢者】の能力をコピーしてるんだ。二人くらいなら、余裕で連れて飛べる」


「あきれた……本当に規格外なのね。そう言えば、この世界に来る前に見せてくれた佐野クンのステータス、凄かったもんね。あれが本当の実力だったんでしょう」


「ああ。【偽装スキル】でザコに見せてた。もちろん無意識に……だけどな。でも、そのせいで王国の連中に殺されそうになった。それで王宮から逃げ出したんだ。助けるのが遅くなってゴメン」


「佐野クン、ダメね。こういう時は謝らないの。せっかく王子様に助けられた、お姫様の気分でいるんだから……感動が減るでしょ」


「ごめん」


「ほら、また謝った」


 カンカンカン。


「敵襲! 敵襲!」


「ドラゴンだ! ドラゴンが来たぞ! 遠隔魔法を使える者を集めろ! 火でも水でも、属性はなんでもいい。城壁に登らせろ!」


 ワンテンポ以上遅れて、ようやく兵士たちが立ち上がった。

 ううおっと、危ない。危ない。右往左往する兵士とぶつかりそうになる。


 隠蔽魔法ステルスは誰かに触れると、その相手への効果が消える。パニックになっている兵士に見つかりでもしたら面倒だ。


「仲間のところに行こう。ミオも待ってる」


「ミオも? 佐野クンが助けてくれたの?」


「委員長に会いたがってる。早く行って、安心させてやろう」


 俺は委員長の手を取ると、飛行魔法の呪文を唱えた。

 優しい風が体を包む。そしてその風は、そのまま城壁の外へと俺たちの体を夜空に運んで行った。



  ※  ※  ※



 テントが並ぶ地区に行くと、ほとんどの人間は外に出て夜空を見上げていた。

 ドラゴンが頭上を通り過ぎるたびに、大きな歓声と悲鳴が同時におこる。


「怖かったら、見なければいいのに」

 委員長がポツリと言った。


「ドラゴンが本気になったら、どうせテントの中に隠れていても死ぬんだ。それにみんなといた方が、少しは怖さもまぎれる。……えっと、こっちだ。ああ、ほら。向こうに金髪の女の子がいるだろう。シルフィとミオだ。それと、小さいのがカティアとソラ。ええと、リーリアがいないな」


「本当にミオなのね……」

 委員長は声を震わせた。


「佐野クン、行っていい? 近づいてから、いきなり姿を見せて驚かせてやりたいの」


「意外とイタズラ好きなんだな」


「今頃知ったの? じゃあね、佐野クン。邪魔しないでよ」


「はいはい、わかりましたよ」


 俺はシャンクスをかついでる。どうせ、委員長みたいに身軽には動けない。

 入れ替わるようにカティアが一人で近づいてきた。他の仲間はそのままだから、俺が戻ったことは、まだ誰にも言っていないらしい。

 カティアのユニークスキル【真実の目】は全ての真実を見抜く。当然、隠蔽魔法ステルスなんて効果がない。

 彼女は帽子を深くかぶってオッドアイを隠していた。


「ショウヘイ殿、おかえりなさい。どうやら無事に、委員長さんの救出に成功したみたいですね。

 ところで、その女性は誰ですか? ずいぶんと綺麗な方ですが。リーリアさんだけでも頭が痛いのに……新しい愛人とか言うなら、私にも考えがありますよ」


 ううっ、怖え。帽子に隠れた瞳の威圧感がハンパじゃない。

「そ、そうじゃないんだ。こいつは帝国のスパイでシャンクス……いいや、本名はシャーリィって言ってたな。そんなに悪い奴じゃないんだ。置き去りにすると拷問にかけられそうだから、連れて逃げてきた」


 ずるり。

 その時、担いでいたシャーリィから何かが落ちた。うわっ、こいつ。カツラを被ってたのか。黒髪の代わりに、隠していた見事な金髪が流れるように広がる。


「シャーリィ……いま、シャーリィって言いましたか?」


「契約する時に使った名前だから、それが本名で間違いない。カティアなら俺が嘘をついていないってわかるだろう。奴隷の出身だから、帝国にいる奴隷を解放するのが夢だって言ってた」


「ショウヘイ殿は不思議な縁を運んでくる人ですね」

 カティアがポツリと言った。


「まさか、こいつのことを知っているのか?」


「彼女は私の弟子のひとりです。デリスタン公爵の二女、シャーリィ。姫様とはひとつ年上の従姉妹になります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る