12 委員長との再会

委員長との再会

 コツン、コツン、コツーン。

 石造りの通路に靴音が響く。委員長が近づいてくる。


 呼び出したのは地下にある食料倉庫だった。

 ここなら夜間は無人になる。かかっていた鍵は、シャンクスが難なく外した。こいつには泥棒の才能もあるらしい。


 ぼうっとした丸い灯りが見えた。

 委員長だ。燭台を手に持っている。


「幸子、いるんでしょう。どこなの?」


 打ち合わせのとおり、ギリギリまで明かりはつけなかった。

 委員長はまだ、ここに幸子がいないことを知らない。ロウソクに火を点けるのは十分に引きつけてからだ。


「シッ、声を小さくして。彼女は安全なところにいる」


「幸子はどこ?」


「大きな声を出すんじゃない。彼女は、ここにはいない。僕たちが別の場所で安全に保護している。君に話があるんだ。そのために来てもらった」


 委員長は燭台を上げた。シャンクスの顔が照らされる。

「あなた、私をだましたのね。こんなことをして、タダですむと思って……」


 俺は後ろから近づいて、彼女の口をふさいだ。

 ガシャン。委員長が暴れたせいで燭台が落ちた。だが、もちろんビクともしない。俺が本気になれば、ドラゴンと腕相撲をしたって勝てる。


 委員長、ごめん。

 俺は心の中で謝った。

 本当は、こんなことはしたくなかった。でも、スキルがあるから今は命令を拒否できない。自分から正体を明かしてエランドの経歴を捨てるまでは、俺はシャンクスの忠実な部下だ。


「大きな声を出さないように忠告したはずだ。この男の力をみくびらない方がいい。首を折られたくなかったら、うなずくんだ。いいかい、ひとつだけだよ。冷静に話をしてくれるんだったら、楽に呼吸ができるようにしてあげる」


 コクン。委員長の首が一回だけ動いた。


「エランド、楽にしてあげてくれ。ただし、口だけだぞ」


 ケホッ、ケホッ。

 委員長が苦しそうに息をはきだした。


「どういうことか、説明してください」


「もちろんさ。そのために呼び出したんだ」


 シャンクスは倉庫のドアを閉めてから、小声で呪文を唱えた。

 ぽっ、ぽっ、ぽっ。まわりを取り囲むように用意した燭台に、一斉に火が灯る。


「あなたは誰ですか?」


「シャンクスだ。君を拘束しているのは相棒のエランド。……いきなり失礼なことをしてしまったが、全ては僕が命令したことだ。彼を悪く思わないでくれ」


「エランド……?」


 委員長は体をひねって俺の顔を見ようとした。

 ヤバい。俺は反射的に力を入れて動きを封じた。身バレはしないとわかっていても、そうそう簡単に割り切れるもんじゃない。


「時間がない。用件を先に言おう。君は王国軍の連中が、君を自爆させようとしていることを知っているかい?」


「自爆?」

 委員長の体が、ビクッと反応した。


「前に似たような魔法道具を見たことがある。たぶん、その首飾りが起爆装置だ。

 体内の魔力を圧縮して臨界点を超えれば、魔力が暴走して巨大な爆発が起きる。君たちの世界にある原子爆弾と同じ原理だ。王国軍はそれをドラゴンに対する切り札として使用しようとしている」


「私たちを爆弾にするつもりだったってこと?」


「正確には君をだ。君の魔力はズバ抜けている。他の候補者は必要ない。君をだますための単なるダミーだ」


「そうなんだ……」


 どうしてだろう。その瞬間、委員長の肩から力が抜けた。


「王国の連中には、君が命をかけるような価値はない。一緒に逃げよう。僕は帝国のスパイだが、君のことは尊敬している。僕ならサチコを解放できるし、ミオという君の奴隷だって、交渉でどうにかしてみせる。どうだい? 悪い話じゃないだろう」


 だが、委員長の反応は俺にとっても予想外だった。


「よかった。それなら、死ぬのは私だけでいいのね。明日、ここに来た仲間を元の世界に送還するわ。ドラゴンを倒せば、いくらなんでも私たちの奴隷くらいは助けてくれるでしょう。……サチコには、謝っておいてね。力が足りなくてゴメンねって。

 帝国のスパイさん。ゴメンなさい。あなたの申し出は受けられないわ。私はドラゴンを倒すために戦場に行きます」


「おいおい君、どうかしてるんじゃないか。このままだと君は死ぬんだぞ」


「でも、私が逃げたらドラゴンのせいで、もっとたくさんの人が死ぬんでしょう。

 前の戦いでは二万人も死んだのよ。……それに戦争に負けたら、王国の人がみんな奴隷にされるかもしれないわ。大人だけじゃなくて、小さい子どももよ。私は、そんなことには耐えられない」


「それは君のせいじゃない。元々は王国が無謀な戦争をしかけたことが原因だ。責任は全て国王にある。君が気に病むことじゃない」


「そうかもね。うん、そうかもしれない……でも、私は気に病むの。自分が許せないの。できるのに、やらない。それで人が死ぬ。それって自分が人を殺すのと同じじゃない」


「違う。絶対に違う。それは、どうしようもないことなんだ。戦争に負けたからって誰が君を責められる?」


「私が責めるわ。それにたぶん、佐野クンも。……救えるはずの人を殺すなんて、佐野クンは認めない。だから私はここにいるの。やらなきゃならないの」


「君の言う『サノクン』は、自分のことしか考えないクソ野郎だ。今まで、彼が何をしてくれた? 一緒に来る直前で逃げて、今でも向こうの世界でのうのうと暮らしてる。そんな男のどこがいいんだ。

 僕は……クソみたいな男ばかり見てきた。女なんて性欲のハケ口にしか思っていない。どうせその『サノクン』だって同じだ。君がちょっとカワイイから、下心を隠して近づいてきただけだ」


「佐野クンは違うわ。彼のいいところは、あなたには絶対にわからない」

 

 買いかぶりすぎだろ……。

 委員長の言葉がいちいち響く。

 俺はそんなに立派な人間じゃない。むしろシャンクスの言うダメな男に近い。実際に、自分のことばかり優先して委員長のことを放置してきた。恋や冒険に有頂天になって、他の召喚者のことは頭の片隅に追いやっていた。


「恋する乙女につける薬はないね。……悪いけど、あまり議論をしている時間はないんだ。エランド、プランBだ。彼女を眠らせてから連れて行く。動かないように、しっかり押さえていてくれ」


 委員長が抵抗しようと身をよじった。

 もういい、限界だ。これ以上、委員長を傷つけたくない。

 俺は大きく息を吸ってから、腹に力を入れた。


「俺はエランドじゃない。異世界から来た高校生、佐野翔平だ!」

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