10 帝国のスパイ

ルームメイトの正体

「やあ、エランド。お帰り。どこに行ってきたんだい」


 部屋に戻ると、シャンクスが窓を背にして座っていた。相変わらず、惚れ惚れするような美男子だ。窓から差しこむ光が、まるで後光みたいに見える。


「ちょっと、友だちと会ってきた」


 俺が行ってきたのは仲間たちのテントだが、そのことは言えない。


 勇者候補生を人間爆弾にしようとしている。その情報を話すと、カティアはかなりのショックを受けていた。あんなに取り乱した姿を見たのは初めてだ。

 もちろん委員長を救出する。その方針に変わりはない。

 委員長は勇者候補生の中ではケタ違いの魔力量を持っている。爆弾の素材として使えるとしたら、たぶん彼女だけだ。つまり委員長を救うことが、同時に魔力爆発の発生を防ぐことにもなる。


「へえ……友だちか。おかしいな。たしか君は、田舎から出てきたばかりだったよね。こんな場所に知り合いなんかいたのかい。

 なあ、エランド。お互いに嘘はやめよう。僕たちは戦友、それもルームメイトじゃないか。男って生き物がどういうものか、僕だって知らないわけじゃない。正直に言いなよ。隊長の教えてくれたお店に行って、女を抱いてきたんだろう」


 ちょっと、引っかかる言い方だ。シャンクスには珍しい。


「違うよ。わざわざこんな時に、娼婦のいるテントなんかに行くもんか」


「どうしてだい。これから危険な戦場に行くんだ。少しくらい発散しておかないと困るんじゃないのかい。どうせ操を守る相手もいないんだろう。まさか、もともと女性に興味がないとか……」


「ああぁあ、もう。わかった、わかった。話せばいいんだろう。テント村にいる恋人に会ってきたんだ。それのどこが悪いんだ」


 うわっ、つい言ってしまった。

 まあ、これも想定内だ。シルフィたちのことを見られた場合も考えて、最初から設定に盛りこんである。ストーリーから外れなければ、俺の経歴がウソだとバレる心配はない。


「ふうん……意外だな。恋人がいるんだ」


「田舎から一緒に連れて来たんだよ。結婚の約束もしてる。前金でもらった給料を渡してきたんだ。でも……その、誤解するなよ。まだそんな関係じゃないんだ。そういうことは結婚してからって決めてる。キスだってまだ、数えるほどしかしてない」


 経歴偽装の効果で、設定に合った言葉が自然に出てくる。

 まあ、ほとんど事実だけど。


「ははは、純情なボクちゃんだな。そういうの、嫌いじゃないよ。

 どうやら僕も、君のことを好きになってしまったようだ。改めて、よろしく頼むよ」


 シャンクスは俺に向かって右手を差し出した。

 こちらこそ。そう言ってにぎり返す。ひんやりとした華奢な手だ。


 握手を終えると、シャンクスの目が急に鋭くなった。


「ところで、君は王国軍が何をやるつもりか気づいているかい? いや、僕たちに何をやらせようとしているか……かな。勇者の卵たちがまともに戦っても、ドラゴンには絶対に勝てない。それは僕が保証する。

 それならなぜ、勇者候補生をここに呼んだのか? ……君は知らないだろうが、ステータスの高い人間が魔力の制御を失って暴走すると『魔力爆発』という現象が起きるんだ。理論上は、本物の勇者が使う最大魔法『ギガブレイク』と同等の威力がある。それで、ドラゴンと帝国軍とを同時に壊滅させるつもりなんだと思う」


「それって、まさか……勇者候補生を人間爆弾にしようとしてるってことか」


 俺は初めて聞いたようなふりをした。

 でも、どうしてそんなことを知っているんだ。カティアの話だと、それは魔法使いでも、ごく一部の人間しか知らない理論のはずだ。


「その通りさ。そうなれば候補生だけじゃなくて、護衛している僕たちも死ぬ。最初から奴らはそのつもりなのさ。だから僕は、それを阻止したい」


「……でも、そんなことを。どうして俺に?」


「僕に協力してほしいからだよ。魔力爆発を阻止するために、シオリという勇者候補生を助け出したい。必要なら拉致してでも王国軍から引き離す。そのためには僕だけでは力不足だ。隊長を倒した君の力がいる」


「シオリ?」


 その名前がシャンクスの口から出たことに、俺は強烈な違和感を覚えた。 

 何もかもが変だ。あらゆることを知りすぎている。『魔力爆発』も勇者候補生の情報も、王国内部のトップシークレットのはずだ。


「彼女は、今回の僕らのターゲットだ。勇者候補生の中で最大の魔力を持っている。

 本物の勇者になれるくらいの素質があるのに、戦争には協力的じゃないらしい。他の候補生はシオリに比べればゴミだ。魔力爆発のエサにもなれない。

 切り札を失えば、王国軍の運命はそこで決まる。ドラゴンが要塞を破壊すれば、王都までは一直線だ。国王は死に、王国全土が帝国の領土になる。そうなれば周辺にはもう帝国に敵対する勢力はなくなる。ダルシスタン帝国による平和パクス ダルシターナの完成だ」


「シャンクス。おまえはいったい何者なんだ?」


 シャンクスは一瞬、ニヤリと笑ったように見えた。


「今はただの帝国軍のスパイだよ。でも、これからは違う。今回の功績で、僕はもっと大きな力を手に入れる。その時には、できれば君にも近くにいてもらいたい」

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