勇者護衛部隊
「さてと、食べながら聞いてくれ。せっかくの機会だ。参謀のディランが、君たちの任務について説明したいと言っている。戦場での勝敗だけではない。王国の命運さえ左右しかねない重要な仕事だ。心して聞いてもらいたい」
「……参謀のディランだ。将軍閣下の元で、作戦の立案を担当している」
小柄な中年男が口を開いた。
指を組んだままテーブルにひじを突いている。まだ料理にも、ワインにも全く口をつけていない。
「王国軍が前線で大敗したというウワサは、もう耳に入っていると思う。我が軍はその戦いで四万人以上の兵士と精鋭部隊のほとんどを失った。
生き残った敗残兵はこの要塞に向けて撤退している最中だ。だが、追撃してきた帝国軍に包囲され、身動きができないでいる。救援部隊を派遣したが、最終的に合流できるのは二千人がいいところだろう」
「四万人……そんなに死んだんですか」
俺はギョッとした。
もちろん戦争で人が死ぬのは、常識として知っている。でも、これまではリアルな現実として感じたことはなかった。だが、今は違う。ガストーや、一緒に旅をした傭兵の仲間たち、委員長……戦場に出ている人間の中に、知り合いがいくらでもいる。
「もちろん、喪失した兵員の全てが死んだわけではない。戦況から見て、戦死したのは半分の二万人くらいだろう。残りは捕虜になっているはずだ。捕虜の交換で取り戻すのが理想だが、こちらにはそれほど多くの帝国軍の捕虜はいない」
「取り返せなかったら、どうなるんですか」
「奴隷に売れる者なら、最悪でも殺されることはないだろう。ただし、負傷者は別だ。自分の足で歩けない者は、すでに処分されたという情報もある」
「ひとつ、教えてください」
シャンクスが、ここで初めて口を開いた。
「なんだ?」
「……わざわざ、こんなことを僕たちに話す理由は何ですか? 戦況の悪化は誰でも知っていますが、残存兵力などの情報は極秘のはずです」
「君たちに明確な目的意識を持ってもらうためだ。今回の作戦は王国の存続がかかっている。……これはまだ、ごく一部の者しか知らない情報だが、例の戦いで敵軍にドラゴンが味方したことが確認されている。ドラゴンに知性があることは以前から知られていたが、人間の手助けをするなど歴史上にも類がないことだ。そのために虎の子の魔法戦士部隊は、なすすべもなく虐殺され、消滅した。
そこで、我々は切り札を使わなければならなくなった。それこそが異世界から召喚した勇者の卵たちだ。まだ荒削りだが、数値としてのステータスだけならトップレベルの力がある。彼らをドラゴン、もしくは敵の主力にぶつける。君たちの使命はそこまで彼らを安全に護衛することだ」
「勇者候補生をドラゴンに……」
俺はゾクっとした。
リーリアといつも一緒にいるんだ。ドラゴンの強さは知っている。
彼らを指導していたガルシアは、勇者候補生の実力を冷静に評価していた。一番強い委員長でも総合的な戦闘力ではガルシアに及ばなかったらしい。ドラゴンに勝利するなんて、夢のまた夢だ。
「無謀ではないですか」
シャンクスが冷静に指摘した。
そうだそうだ。思わず同意の声を上げたくなる。
「……まあ、しょうがないんじゃないか」
何か説明しようとしたディランをさえぎるように、部隊長のジェノスが言った。俺の試験官だった男だ。勢いよくワインのグラスを置き、ぷはあと息をつく。
「選択肢がいくつもあるならともかく、今は黙って殺されるかどうかの二択だ。作戦は作戦参謀に任せて、兵隊は命令どおりに戦えばいい。
オレたちの仕事は勇者の卵を敵にぶつけるまでだ。その後は各自、戦場から離脱してかまわないそうだ。生き残りさえすれば、全員が隊長クラスになれる。給料もたっぷりだ。どうだ。いい話じゃないか」
「勇者候補生はどうなるんです」
「たぶん大丈夫なんじゃないか。ドラゴンを殺せるような必殺の究極魔法とやらがあるらしいぜ。戦況はそれで大逆転、めでたしめでたしってわけだ」
「ジェノス隊長、言葉をつつしみたまえ」
「おっと、悪い。それはまだ、秘密だったかな。……まあ、そういうわけだ。兄弟。期待してるぜ。前金をもらったら、今のうちに女でも買いに行くといい。隊長権限で外出の許可を出してやる。明日の夕方には勇者の卵たちが要塞に着く。それまでに、せいぜい楽しんでおくことだ」
ジェノスはニヤッと笑って俺を見た。
田舎者の反応を楽しんでいるんだろうが、俺にはそんな余裕はなかった。
ドラゴンを殺せる魔法……。
俺はソラの夢を思い出した。間違いない。魔力爆発のことだ。
このクソ野郎!
王国軍は、勇者候補生の魔力を暴走させて人間爆弾にするつもりだ。もちろん、候補生はみんな死ぬ。ジェノスは知らないだろうが、おそらく勇者護衛部隊だって助からない。
「なんだ、ブルッちまったか。エランド、オレはオマエに期待してるんだぜ。なんたって、オレを倒した男だからな」
「……まあまあ、もういいだろう。食事に誘ったのは私だ。戦争の話はこれくらいにして、酒と料理をゆっくりと楽しんでくれ」
空気を読んだのか、将軍がその場を取りなそうとした。
だが、耳から入ったその言葉は、俺の心には、これっぽっちも響かなかった。
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