将軍との会食

 ふ、ふう、ふう……。

 頭がクラクラする。着替えたばかりなのに、また汗でビッショリだ。

 ようやく部屋までたどり着いた俺を迎えたのは、試験会場で会ったシャンクスという男だった。

 

「やあ、エランド君。また会ったね」


 相部屋だった時点で、ある程度、想像はしていた。

 あの身のこなし、尋常じゃない。もし今日の試験で合格するとしたら、この男だろう。俺も最初からそう思っていた。


「今日からルームメイトになるシャンクスだ。よろしく頼むよ。……それにしても、どうしたんだい? 顔が真っ赤だよ」


「ちょっとお風呂で、のぼせちゃって……」


「それはいけないな。回復魔法は使ったのかい?」


「回復魔法は練習してないんだ。それに、そういうのは回復術師の仕事だろう」


「冒険者のパーティーなら、それでいいのかもしれない。でも、これから行くのはダンジョンじゃない。人間同士が殺し合う戦場だよ。

 魔法を使えない負傷者がゴロゴロ出るんだ。衛生兵なんて、とても間に合いやしない。ちょっとしたケガが原因で死ぬことだってあるんだ」


 そう言うと、シャンクスは小声で呪文を唱えた。

 初級魔法、ヒーリングだ。体から余分な熱が、すうっと引いていく。


「ありがとう。楽になった」


「それにしても、湯あたりか。……君みたいに身体能力の高い人間がやられたなら、相当の高温になってたんだろう。たぶん、魔力が漏れ出してお湯の温度を上げてしまったんだろうな。優秀な魔力を持つ人間にはよくあることなんだ。……ところで、まさかそのお風呂に、他の人はいなかったろうね。いたら、その人も大変なことになっているはずだ」


 ギクリ。

 俺の頭の中に、あの白く美しい裸体が蘇った。


「誰かいたのかい?」


「いや、ぜんぜん。誰も。入浴時間前に、わざわざ入れてもらったんだ。誰もいるはずないじゃないか」


 俺は必死に否定した。

 あの人のことは絶対に秘密だ。そう約束した。それに不可抗力とはいえ、他の女性の裸を見たんだ。シルフィが知ったら、きっと気にする。


「ふうん、それならそれでいいさ。……さてと、6時からは将軍閣下との食事会だ。それまで僕は、少し休ませてもらうよ」


 シャンクスは自分のベッドに横になった。

 そしてそのまま俺の目の前で、彼は小さな寝息を立てはじめた。



  ※  ※  ※



「お迎えにあがりました。準備はよろしいでしょうか」


 定刻の5分前には迎えが来た。

 兵士ではない。黒いスーツを着た執事風の男だ。王族出身の将軍ともなると、戦場に使用人を連れてくることも許されているらしい。

 用意された服に着替え、俺とシャンクスは食堂へと向かった。


「ダットン将軍閣下と参謀のディラン様、それとあなた方の上司となる部隊長のジェノス様が同席されます。失礼がないようにお気をつけください」


「何か、マナーみたいなものがあるんですか?」


 俺はちょっとだけ心配になった。


「エランド様は地方の出身だとお聞きしています。誰もテーブルマナーなどは期待しておりませんよ。ただし満足したとわかるように、出された食事はできるだけ残さずにお食べください。

 お酒は飲めないなら、むしろハッキリと断った方が無難です。閣下は酔うとお客様に酒をすすめる癖がありますから。うっかり調子に乗って、酔い潰れた方もよくいらっしゃいます」


「ありがとうございます。田舎者なんで助かります」


「素直な方は閣下もお好きだと思いますよ。お二人は、これから王国の未来を決める戦いに参加される方です。丁重におもてなしいたしますので、ご安心ください」


 素朴で正直な田舎者。

 スキルの効果で、誰もが無条件にそう思うことになっている。身バレの心配がないのは、俺みたいに不器用な人間にはムチャクチャありがたい。



 サルサ駐留軍の総司令官であるダットン将軍は、白い髭をたくわえた人の良さそうな爺さんだった。ミリアに聞いた情報では、国王の従兄弟にあたるらしい。従軍している期間こそ長いが、今までに目立った功績はない。典型的なお飾り将軍だ。


「エランド君、シャンクス君、我が王国軍は君たちを歓迎する。王都のようにとはいかないが、できるだけの物は用意させてもらった。さあ、好きなだけ食べてくれ」


 テーブルには、山ほどのご馳走が並んでいた。

 肉料理だけでも何種類もある。豚肉のソテー、それとシチュー。鮮やかな羽根の上に盛られているのは孔雀の肉だろうか。

 カゴに盛られたパンに、色とりどりの果物、サラダ。

 案内してくれた執事は残さないようにとアドバイスしてくれたけど、とても食べ切れるような量じゃない。


 俺は田舎者らしくガツガツと食べはじめた。

 どれもうまい。シチューなんかアツアツだ。チラリと横を見ると、シャンクスが上品にフォークとナイフを動かしていた。たぶん、俺と違って育ちがいいんだろう。


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