9 勇者護衛部隊
幕間のお約束
自分の試合が終わると、先に俺は要塞の内部へと案内された。
おおっ、すげえ。
上を見上げながら歩くと、その大きさに圧倒される。
広大な敷地を囲む城壁の高さは、優に十メートル以上はあるだろう。
要塞の本体は石造りで、四方には塔が配置されていた。それがまた巨大だ。数万人規模のスタジアムと比較しても、ずっと大きい。
「この部屋を使ってください。夕食までは自由にしていただいて構いません。あと、今回は特別に大浴場の使用許可が出ています。汗を流して、さっぱりとしてから夕食に参加するようにとの、将軍のお言葉です」
風呂か……いいな。
水が貴重なこの土地で、風呂に入るのはかなりの贅沢だ。
すぐにでもお願いしたいところだったが、俺にはエランドとしての設定がある。
この世界の田舎には、そもそも風呂に入る習慣がない。川や湖で水浴びするか井戸水で体を拭くくらいだ。家庭に風呂があるのは都市の、それも上流階級に限られる。
「大浴場って何です?」
案内役の兵士が小さく笑った。
「ああ、そうか。エランドさんは地方の出身でしたよね。……浴場というのは、沸かしたお湯に体ごと入る施設のことです。王都には公衆浴場もあります。入浴料を払って、みんなでお湯につかるんです。温まりますよ」
「お湯って、もしかして裸で入るんですか? それも他の人と?」
「もちろんです。お風呂は服の洗濯場じゃありませんからね。ああ、でも大丈夫ですよ。裸でいても、お互いに誰も気にしません。それにどうせ男同士ですから……」
「でも、田舎者だとバレると、イジられたりしませんか」
「まあ、確かに……それは、あるかもしれませんね。
そうだ。入浴時間は4時からと決まっていますが、3時半には準備ができているはずです。先に入れるように話をつけておきましょうか。その代わり浴槽には、体をよく洗ってから入ってくださいよ。お湯を汚すと、後で私が叱られます」
それから俺は、少しだけ昼寝をした。
狭い部屋に、ベッドが二つ置いてある。相部屋みたいだったが、とりあえずまだ、ルームメイトはいない。
そういえば寝不足だったな。
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
ピピピピ。ピピピピ……。
うっ、うおっ。寝過ぎた。
「ショウヘイ様、急いでください。予定の時間を5分過ぎています」
「わかってるって……ところで、おまえって風呂とかに持って行っても平気なのか」
服のボタンをはめながら俺はスマホに話しかけた。
さっさと行かないと。ゆっくりと風呂に入るチャンスは今しかない。
「ハイ、私はショウヘイ様のレベルと連動して、バージョンアップするようにできています。現在のスペックなら深海八千メートルまでの水圧と、
なんだそれ。そこまで必要ないだろ。
でもまあ、相棒が頑丈なのはいいことだ。
大浴場のある場所は案内係の兵士が詳しく教えてくれた。
初めての建物だが、ミリアがいれば迷うことはない。
大浴場は要塞の地下にあった。
わりと普通なんだな。それが最初の感想だった。
浴室は広々としていたが、湯気であまり先までは見えない。床はツルツルとした大理石だ。湯船の中に指を入れる。お湯の温度もちょうどいい。
俺はていねいに体を洗うと、湯船から汲んだお湯で体を流した。
いよいよお待ちかねの入浴だ。
シルフィ、リーリア、ソラ……それに、みんな。俺だけごめん。
ザァアア。こぼれるお湯がもったいない。だが気持ちいい。異世界で……それも戦地で、こんな贅沢が味わえるなんて最高だ。
ん?
俺はふと、人の気配に気づいた。
湯気の先に、ぼんやりとしたシルエットが見える。どうやら先客がいたらしい。
でも、どうして人がいるんだ。浴場の使用時間は4時からじゃないか。俺みたいに先に風呂を使えるように、お願いしたんだろうか。
その時、その影がビクッと揺れるのが見えた。
「あ、あの。ごめんなさい。もしかして驚いてます? そういえば、まだ時間前ですよね。田舎者なんで、お風呂は初めてで……他の人にバカにされないように、先に使わせてもらってたんです」
反応を待ったが、返事がなかった。
俺は湯の中を、そろそろと進んだ。今は潜入作戦の途中だ。黙っていられると、かえって不安になる。
「えっと、俺はエランドと言います。サットニア地方の出身で、今日の試験に合格したばかりです。別に、怪しい者じゃありません」
湯気の間から、肩が見えた。
タオルでまとめた髪の下に、ピンク色に染まったうなじ。男のくせに、なんか妙に色っぽい。
「あのう、もしかしてのぼせてますか?」
うなじに大粒の汗が浮いている。
ちょっと待てよ。なんだ、この大量の汗。具合でも悪いんじゃないか。これは放っておいたらマズいぞ。
俺は前に回りこんだ。
その人は顔を隠して、指の間から目だけを出していた。全身の肌を真っ赤にして、ぷるぷると震えている。
「あんまり無理しない方がいいですよ」
声をかけた……その時だった。
バシャバシャバシャ!
ザバーン!
「も、もう限界! ダメ、死んじゃう」
俺はその場で固まった。
裸だ。裸の女性だ。くびれた腰、豊かなヒップ。そして形のいい乳房。
うわっ、見た。見た、見た。乳首も……それにアソコも。全部、丸出しだ。
「か、か、か、隠してください。顔じゃなくて、体の方」
「目を閉じればいいでしょ!」
「あっ、そうか……ごめんなさい」
俺は目をつぶった。
なんだアレは、なんだアレは、なんだアレは。
それにしても、どうして体じゃなくて顔を隠すんだ。あれじゃあ、どうやっても見ちゃうじゃないか。
「先に出て行くから、目を閉じてて。それでしばらく、ここにいて。お願いだから、ここで見た事はぜんぶ忘れて!」
「は、はい。わかりました。忘れます。誰にも言いません」
それにしても美人だったな。
言葉とは裏腹に、俺の頭の中には見たばかりの映像がぐるぐると回っていた。
シルフィの裸とどっちが綺麗だったか……バカバカ、比べるな。シルフィがイチバンに決まってる。
俺は目をつぶったまま、ざぶんと首まで湯船に入った。
いーち、にー、さーん、しー。
まだだ。まだまだ。これで目を合わせたら、もう事故だとか言い訳できない。
そして百まで数えて湯船から出た時には、俺はもう、すっかりとのぼせてフラフラになっていた。
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