試験官との戦い

「次! 続いて52番と54番!」


「待て……このまま何人やっても同じだ。私が出よう」


 呼び出しをさえぎって立ち上がったのは、魔法戦士用の甲冑を着た男だった。

 普通の甲冑と違って、保護している部分に極端な片寄りがある。魔力の流れで防御できる部分はほとんど素肌だ。これが女性用だと、ちょっとエロい感じになる。


「君は名乗る価値のある戦士と見た。私はジェノスだ。今回編成する部隊の隊長を務めることになっている」


「俺はタルカ村のエランドです。ひと旗あげるつもりで田舎から出て来ました」


「剣術は誰に習った?」


 ジェノスは会場に入ると、剣をビュッと振った。

 細身の長剣だ。ガルシアみたいにわざと大剣を使う奴もいるが、本来なら魔法戦士に頑丈な剣は必要ない。剣を強化すれば、金属の甲冑だって紙みたいに斬れる。


「師匠が教えてくれました。引退した魔法戦士だったそうです。魔力の使い方も、師匠に習いました」


「なるほど……」


 ジェノスは納得したように、うなずいてくれた。これも経歴偽装の効果だ。


 さてと、問題はこれからだ。

 今まではザコだったが、この相手は本物らしい。当然、剣技だって俺よりもずっと上のはずだ。


 いつもなら【勇者】の能力を職種ジョブ偽装でパクって圧倒するところだが、今回はその手は使えない。

 万能に見える経歴偽装にも制限がある。そのひとつが、明らかに矛盾する偽装スキルは使用できないことだ。

 今回は別人になりきるため、経歴をかなり細かく設定している。田舎から出て来たばかりの人間が勇者の技なんか使えるわけがない。


「さあ、始めよう。君の実力を見せてくれ」


 攻めてこい。

 構えでそう言っているのがわかる。


 俺は試しに正面から斬りかかってみた。

 ガチッ。予想通り止められる。


「速い……だが、荒いな」


 ジェノスはそのまま剣を滑らせるように跳ねのけると、逆に俺のノド元に剣を突き出した。間一髪でよける。それをまた、追うように剣が伸びる。


 それからは防戦一方だった。

 俺にはチート級のステータスがあるから、剣の動きは見える。反応して受けることも可能だ。その練習なら、十分にシルフィと積んできた。

 だが、それだけだと攻め手がない。

 訓練された剣技にはムダがない。防御から攻撃へのチェンジもスムーズだ。だが、俺にはそんな芸当はできない。『受け』なら『受け』だけだ。

 攻撃態勢にはいる前に次の攻撃がくる。そのまま攻撃を受ける。それを延々と繰り返すしかない。


 数分間は剣を交わしただろうか。

 ジェノスは呼吸を整えるために一度、離れた。


「なかなか粘るな。だが、攻め手がないと戦場では戦えないぞ」


「じゃあ、奥の手を出します」


「ほう、楽しみだ」


 ハッタリだと思われたかな。

 ジェノスはまた、受けの姿勢で構えた。どこから攻撃が来ても瞬時に対応できる。その自信が剣先に宿っている。

 

 ここまでは作戦通りだ。

 俺の目的は、あくまで要塞に潜入して委員長を救出することだ。

 圧倒的な勝利で英雄になったら、かえって行動しにくくなる。そのためには、ちょうどいい勝ち方が必要だ。


 1、2、3……よしっ!

 俺は呼吸を整えてから突進した。前方に魔力を集中する。

 加減を忘れるな。相手が粉々にならないように。抑えて、抑えて……。


 剣と剣とが交差した瞬間、衝撃波が発生した。

 グボォオオン。

 その勢いでジェノスが吹っ飛ぶ。

 砂ぼこりが煙のようになって視界を奪った。そして再び視界が開けた時、立っていたのは俺の方だった。


 ウオォオオオオオオ。

 見物人たちの歓声が、試験会場を沸騰させた。


 よろよろと立ち上がったジェノスが、こっちに近づいてくる。良かった。どうやら大事おおごとにはならなかったらしい。


 ジェノスは首に手を当てて左右に振った。

「信じられない……今のは、どうやったんだ」


 よし、来た。

 その答えはもう用意してある。


「瞬間的に魔力を増大させて放出する技です。師匠は、俺の固有スキルだと言ってました。本来の魔力は、たいしたことないんですけど。一日に一回だったら、格上の人間だって倒せるらしいです」


 もちろん嘘だ。

 あれからレベルも上昇し、今の俺の魔力は勇者を超えて魔王レベルになっている。

 本気で魔力を放出すれば、要塞そのものが消し飛ぶ……らしい。だが経歴偽装の効果で、まわりの人間は設定の方を信じてくれる。荒削りだが優秀な戦士。それが俺が欲しかった評価だ。


「なるほど。あんな田舎に、これほどの逸材が隠れていたとはな」


「それで、どうなんです? 合格ですか」


「不覚を取った男に、それ以上は言わせるな。合格だ。……将軍、よろしいですね。この若者は一般の兵士の百人分の価値があります。私の手足として活躍してくれるでしょう。彼には、それなりの待遇を与えてください」


 将軍……つまり、ここのトップか。

 その初老の男は大きくうなずいた。

 名前は確かダットン。国王の親戚だが、今までに目立った功績はない。この大軍勢を動かしている人間は別にいる。それがカティアの見立てだ。


「合格だ。要塞の中に部屋を与えるがいい。今夜は私が夕食に招待する」


 将軍はそう宣言した。

 よし、これで最初のミッションはクリアだ。

 本日最初の合格者をたたえ、群衆が大きくわいた。その視界の隅で、ガストーが勝利を祝うように親指を立てているのが見えた。

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