選抜試験【その2】
俺はひと呼吸だけ時間を使った。
スキルはもう発動しているはずだ。名前さえ間違えなければ絶対にバレない。
「エランドです」
「ふうん、もしかしてサットニア地方の出身かな。あそこの人間は、子どもに守護聖人の名前をつけるって話だから。それにしても……君、強いね」
「強い? 俺、なにもしてなかったと思うけど……」
「さっきのアレだよ。目の動き。殴りかかられる瞬間、色々と考えてたでしょう。頭の中で百回くらい殺して、面倒くさいから抵抗しないことに決めた。僕には、そういう風に見えた」
ギクリ。
なんだ、この人は。
年は俺と同じくらいに見える。他の傭兵たちとは異質な、ちょっと線の細い感じのイケメンだ。髪は茶色、瞳の色は緑。背は俺よりも少しだけ低い。
シャンクスは俺の方に顔を近づけた。
「君には興味がある。ざっと見たところ、今日の合格者は君と僕だけだ。試験が終わったら、後でゆっくりと話そう」
呆然としているうちに、列が動き始めた。
気にしてもいても仕方がない。今はまず試験に合格することだ。後のことは、それから考えればいい。
ようやく順番が来ると、受付の兵士はチラリと俺を見てから、興味がなさそうにまた顔を伏せた。着ている物からして、たぶん士官だろう。
「出身地と名前。それと所属する傭兵部隊の隊長の名前を言え」
「サットニアにある、タルカ村のエランドです。所属する傭兵部隊はありません」
受付の兵士がまた、顔を上げた。
「傭兵部隊に入っていない?」
「まだ、田舎から出てきたばかりなんです。師匠から、自分の力を試してくるように言われました」
「流れ者の武芸者か……まあいい。試験は対戦形式で行う。何回か勝ち抜き、見どころがあると思えば、正規軍の試験官が相手をすることになる。
武器や魔法の使用は自由だが、なるべく相手を殺さないように注意してくれ。もちろん、不慮の事故なら罪に問うことはない。他に聞きたいことはあるか」
「ありません」
「それなら番号札を取って順番を待て。……次、こっちに来い!」
俺の番号は52番だった。まだ後ろにかなり並んでいるから、今回も百人くらいにはなるだろう。
さっき会ったシャンクスは、近くにはいなかった。先に受付を済ましていたのかもしれない。良かった。ああいう得体の知れない人間とは戦いたくない。
俺の順番が来るまでには、たっぷり一時間以上かかった。
勝ち抜き形式だとは言っていたが、勝てば必ず次に進めるわけではない。
これは、あくまで特殊部隊を選抜するための試験だ。弱いと判断されれば試合に勝っても失格になる。
「次、49番と52番!」
よし、ようやく俺の番だ。
今までに合格者はひとりもいない。勝ち抜いて試験官が出てきたのもひとりだけ。それも瞬殺だった。
俺の対戦相手……49番は、すでに二人と戦っている。
二回とも圧勝だった。全身に甲冑を着こんでいるので表情はわからない。だが、かなり大柄な男だ。
「甲冑はつけなくていいのか?」
「はい。そういう立派なのは持っていないんで、このまま行きます」
俺は軽めの剣をビュッと振った。
一応、俺も簡単な皮の胸当てをつけている。本当は必要ないが、これも最低限のエチケットだ。
「オレを舐めているなら、命を失うことになるぞ。この剣はもう百人は斬っている。甲冑なしなら胴体から真っ二つだ」
「あなたは魔法戦士なんですか?」
魔法戦士は、魔力で剣や甲冑を強化することができる。
上級者なら鎧を紙みたいに切り裂いたり、逆に鋭い剣を跳ね返したりもする。戦場では、かなりのチート能力だ。
「それを認めさせるために、オレはここにいる。なるべく殺すなとの指示だが、忠告を聞けないのなら仕方がない。悪いが、ここで死んでもらうぞ」
「はあ……そうですか」
「始めっ!」
かけ声と共に、甲冑の男は魔力を溜めはじめた。
剣のまわりに、チロチロとか細い魔力がまとわりついているのが見える。
予想どおりだ。ガルシアやシルフィのような一流の魔法戦士はみんな軽装だ。こんなに重い甲冑をつけている時点で、たいした魔力があるわけがない。
俺は剣をだらんと下げたまま、ゆっくりと歩いて近づいた。
何度も練習したんだ。うまくやれる。何度も、自分にそう言い聞かせる。
「斬るぞ! 聞いていないのか。斬るぞ!」
ぶうん。
俺の横を剣がかすめた。風圧を感じる。まあまあの一撃だ。
集中しろ。この甲冑と筋肉でも、死なない威力の攻撃。後遺症も残らない。でも倒れたまま、しばらくは起き上がれないくらいに……。
手加減のやり方はリーリアに教えてもらった。ドラゴンの癖に人間の真似ができるくらいだから、能力の調節も芸術的だ。
ボコッ。
俺は剣で甲冑の肩の部分を打った。
魔力を斬撃に使わずに、衝撃を少しだけ増やした。ガチャガチャガチャ。甲冑の男がまるでオモチャみたいに崩れ落ちる。
そのまま数秒、沈黙の時間が流れた。
「勝者、52番!」
ううおぉおおお!
見物人から歓声が上がった。
すげえ、なんだあれ。魔法か。
驚きの声がいくつも重なる。
俺もホッとした。
やればできるじゃないか。死んでない。内臓も破裂してない。倒れた男の首筋に手を当てながら、俺は大きな達成感を覚えていた。
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