選抜試験【その1】
特殊部隊の選抜試験は正午からだった。
最初の試験があったのは十日前。それから連日、ぶっ続けで開催されている。
今までの合格者は合計で二十三人。参加者は毎日、百人を超える。
合格すれば高給が約束され、要塞内部で居住ができる。密集したテント暮らしの傭兵にとっては、屋根のある生活ができるだけでも魅力的だ。
30分以上早く会場へ行ったが、要塞の城壁の前はすでに人であふれていた。
バスケットボールコートほどの四角い地面にロープが張られ、その周辺を正規軍の兵士が囲んでいる。
見物人はそのさらに外側をびっしりと埋めつくしていた。もちろん、そのほとんどが傭兵だ。
「すごい熱気ですね」
「まあ、戦地じゃたいした娯楽もないからな。それに、ここのところ王国の軍隊は負け続けだ。兵隊も英雄の出現を待ち望んでる。強い奴らが戦うのを見れば、少しは士気も上がるってもんだ」
ガストーは会場までの案内役を買って出てくれた。
この気のいい傭兵隊長も、毎日この会場に通っていたらしい。部下の傭兵も何人か挑戦したが、合格者はひとりもいなかったそうだ。
「英雄って……勇者候補生がいるじゃないですか。もうすぐ合流するんでしょう」
「傭兵って人種は、実際に見た人間の実力しか信用しない。宣伝ってのは話半分と相場が決まってるんだ。まだ一度も実戦経験がない素人……それもほとんどは、ガキみたいな年頃の連中らしいじゃないか。
異世界人だからって期待するほど、オレたちは素直じゃないんだ。ああ、もちろんオマエは別だぜ。ドラゴンを素手で倒すのを見ちまったからな。他に誰も信用しなくてもいい。オマエは間違いなく世界最強の男だ」
「あんまり自覚はないんですけどね」
俺は正直に答えた。
いつも偽装ばかりしているから、自分でも本当の実力がわからなくなっている。
「若い奴が謙虚なのはいいことだ。……それにしてもショウヘイ、スッピンでいいのか? ギルドじゃ、そこそこの有名人だったんだろう。なんたって、あのべっぴんのお姫様を射止めた幸運な男だ。恨んでる奴も多いと思うぜ」
「大丈夫です。俺には【経歴偽装】のスキルがありますから。自分の
今は、田舎で修行していた無名の戦士ってことにしています。父親が見たって、似ていると思うだけで自分の息子だとは気づかない……らしいです」
「オレには、そうは見えないけどな」
「ガストーさんは特別です。一度ネタバレしてますからね。経歴偽装のスキル効果は無効になってます」
「やれやれ。オマエと付き合ってると、常識って言葉がどっかに行っちまうな。
参加者の受付はアッチだ。頑張れよ……じゃなかった。相手を殺すなよ。オレは野次馬と一緒に応援してる。昔の友達とやらに会えるといいな」
「ありがとうございます」
ガストーは手を振ってから、観客の中にまぎれていった。
ここからはひとりだ。シルフィたちは目立つから、王宮からさらったミオと一緒に
テントで待機している。
俺は受付の最後尾に並んだ。
前にはもう、参加希望者たちの長い列ができていた。誰もが屈強の戦士たちだ。
「おいっ。今、ぶつかってきただろ」
突然、前にいた男がからんできた。
「いえ、別に……ちょっと触れただけじゃないですか」
「それが気に入らないんだよ。オレを誰だと思ってるんだ。いっぱしの傭兵なら名前を聞いたことくらいあるだろう。レーバン傭兵隊のザックスだ。オレの体にヒヨッコが触れるなんて百年早い」
「いや、俺。傭兵じゃないんで……」
「ふざけるな!」
そいつは、いきなり俺をコブシで殴ろうとした。
もちろん、こんなチンピラなんか相手じゃない。アクビが出るくらい遅い。シルフィよりも実力はずっと下だ。
めんどくさいから、そのまま受けてやろう。どうせ蚊に刺されたのと同じだ。
パシッ。
そう思った瞬間、俺の目の前でコブシガ止まった。いや、止められた。
毛の生えた握りコブシを、別の手が包むようにつかんでいる。
「今のはどう考えても君が悪い」
コブシを受け止めた男の手は、相手よりもずっと細かった。だが、ピクリとも動かない。力自慢の傭兵の顔が真っ赤になっている。
「おっ、おい。どんな魔法を使った?」
「魔力を使ってはいけない理由でも? 君は戦場で、いちいち魔力を使うなとお願いするのかな? 残念だね。どうやら君には長生きする才能がないようだ」
「き、き、貴様ぁあ!」
ザックスとかいう傭兵は、もう一方の腕を振り上げた。
だが、その手が届く前にバランスを崩してつんのめる。そしてそのまま、地面にドシーンと転がった。
投げられたんだ。それも絶妙のタイミングで。
おぉおお。
まわりの人間から感嘆の声が漏れる。
そんな反応を気にしてもいないように、その男は俺に笑いかけてきた。
「僕の名前はシャンクスだ。よろしければ、君の名前も聞かせてもらえるかい?」
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