8 選抜試験

新しい予知夢

 ふわぁあ……寝不足だ。


 あくびをかみ殺しながら貴重な水をコップですくい、チビチビと使って顔を洗う。

 昨日、シルフィたちが手に入れた水は、ようやくバケツ一杯分だった。それでも銀貨を使ったらしい。水が無料タダだと思っている国から来た人間としては、ちょっと信じられないくらいの値段だ。


「ショウヘイ殿、もっとシャキッとしてください」

 不意に、後ろからカティアの声がした。


「ここからはショウヘイ殿ひとりで行動することになるんですよ。要塞の中に入ったら、自由に外へは出られません。自分の判断で大勢の人間の命が左右されるのを忘れないでください」


「でも……」


 眠れるわけがないじゃないか。


 ひとつのテントに全員が一緒にいるんだ。子どものソラはともかく、他の仲間はみんな美女ばかりだ。口の悪いラジョアだって、外見だけなら十分に美少女で通用する。


 俺の気持ちも考えてくれ。


 そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 わかってる。カティアの言葉は正論だ。

 ドラゴンとの戦いやスタンピード。今までだって、ひとつ間違えば大災害になる事件の連続だった。その全てに本物の人間の命がかかっている。


 それに今回は、ソラの夢のこともある。


「わかってるよ。作戦どおりに、しっかりやる」


「くれぐれも余計なことはしないでください。いいですね。特に戦争への介入は絶対にダメです。ソラちゃんの予知夢を思い出してください。とりあえずミオさんは救出しましたが、未来が変わったかどうかはわかりません。下手に戦場をかき回すと、何がどうなってしまうか……」


 タタタッ。

 そこに、勢いよくソラが近づいてきた。

 興奮で頬を赤くしている。さっきまで俺の隣で眠っていたのがウソのようだ。

 ソラは、大きな目をクリクリさせて俺を見上げた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん。聞いて。また、戦争の夢を見たよ」


「えっ? 今、なんと言いました」


 カティアの顔色がサッと変わった。

 ソラの夢は、ただの夢じゃない。阻止する努力をしなければ必ず実現する究極の予知夢だ。だが、逆に言えば努力で阻止できる。


「どんな夢ですか? 詳しく教えてください」


「うん、今度見た戦争にはドラゴンが出てくるんだ。でも、リーリアじゃないよ。もっと、こう。黒くておっきいんだ。✖️✖️✖️もあったから、あれはきっとオスだよ。

 場所はこの近くだった。ドラゴンが火を吐いたり、尻尾で殴ったりして、あそこにある要塞を壊すんだ」


「俺もその夢の中に出てきたのか?」


「お兄ちゃんはソラの近くにいたよ。ドラゴンの方に行こうとするのを、シルフィやカティアが必死に止めてた。一緒に戦争を見てたんだけど……やっぱり爆発が起きるんだ。それでドラゴンが、バラバラになって死んじゃった」


「聞き捨てならないわね……」


 リーリアが会話に割りこんできた。

 ソラを追いかけてきたんだろう。すぐ後ろにシルフィもいる。


「ドラゴンが人間ごときにやられるわけがないわ。ドラゴンのウロコは魔法だって防ぐのよ。ショウヘイ以外の人間に不覚を取ったのは、長い歴史でもただの一度だけ。ギガブレイクを使った勇者だけよ」


「ギガブレイクは魔力を圧縮して一方向に撃つ技です。見かけはともかく、理論上は魔力爆発と同じものです。ドラゴンに対して効果があっても不思議ではありません。ソラちゃん、夢で見た爆発は、前の爆発と同じだった?」


「うん。あの爆発は、前に見た夢と同じだよ。すごい爆風で、軍隊も要塞もドラゴンといっしょにみんな吹っ飛んじゃうんだ。お兄ちゃんはそれを悲しそうに見てた」


「つまり、今度の魔力爆発の原因はショウヘイ殿ではないのですね」


 カティアは考えこむような仕草をした。


「……最初にソラちゃんが見た夢は、おそらくノープランで委員長さんを救出しようとした場合の未来です。

 戦場に委員長さんのいる部隊を見つけて、力任せに乱入したんでしょう。乱戦の中で委員長さんが死んで、責任を感じたショウヘイ殿の心が壊れてしまった。そのため魔力が暴走して、魔力爆発が発生。さらに多くの人間を殺してしまった。

 これが最悪の未来です。

 だから私たちは最初にミオさんを救出し、正確な情報を集めてから行動することにしました。夢に変化があったということは、すでに未来は変わったということです。それでも魔力爆発は起きた……でも、私にはわかりません。ショウヘイ殿以外に、それほど大きな魔力を持つ人間がいるのでしょうか」


「それでも、前に進むしかないんだろう。ここが戦場になるってわかったんだ。どっちにしても、あまり時間はないぜ」


「わかってます。ソラちゃん、いつそれが起こるのか。何かヒントになるものはありませんか?」


「うん……そうだ。水たまりがあった。足もとがピチャピチャしてたよ。久しぶりの雨だとか。誰かが言ってた」


「このあたりは乾燥地帯のようです。植物の生態から考えると、年間の降水量はかなり少ないはずです。もし雨が降った後のことだとすると、数日後か、一週間後か……もしかしたら何週間も先のことかもしれません」


「雨が降ったらヤバいってことだな。覚えとく。……ソラ、心配するなよ。俺は自分を見失ったりしない。絶対に委員長を救出してみせる」


「頼みますよ。ショウヘイ殿の行動が、未来を決めることになります」


「ドラゴンのことは私に任せて。同族のことは同族でケリをつけるわ」


 リーリアが、ふんと鼻を鳴らした。

 どうやら夢の内容が、まだ気に入らないらしい。


「ショウヘイ、無事に帰って来てくれ。帰って来たら、その……」


 シルフィはそこで、チラリとカティアの方を見た。

 やれやれ。小さくそうつぶやくと、カティアは肩をすくめた。


「わかりました。戻って来たら、少しだけイチャイチャするのを認めます。でも一線は越えないでください。18歳になるまで、あと、たったの五か月です。姫様が純白の花嫁衣装を着る資格を奪わないこと。ショウヘイ殿、いいですね」


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。『ほんばん』をしなくても、男を満足させるやり方があるんだよ。✖️✖️✖️を✖️✖️✖️して、✖️✖️✖️するんだ。お店でお仕事をしてるお姉ちゃんが自慢してた。シルフィのお姉ちゃんにも教えてあげる」


「そ、そうなのか?」


 げっ。

 ソラのムダ知識にシルフィが食いついてる。

 ミリアは翻訳してくれないが、何をするのかは想像できた。シルフィはわかりやすい。胸とか太もものあたりとか。モゾモゾしながら視線を動かしている。


「わかった。✖️✖️✖️を✖️✖️✖️だな。女の体にそういう使い方があるとは知らなかった。うまくやれるように練習する。詳しく教えてくれ」


「そんなハレンチなことは認めません!」


 カティアが大声でさえぎった。

 

 ……ですよね。


「シルフィ、大丈夫さ。そんなことしなくても、俺の気持ちは変わらない」


「ショウヘイ!」


 うほおっ。シルフィが抱きついてきた。

 柔らかい。あそことかココとか。色々と当たる。

 ヤバい、カティアが見てる。興奮してるのをバレないようにしないと……いや、よく考えたらカティアは心を読めるんだった。


 くそっ、心を読むなら読め! 男なら当然だろ。フリだけでも精一杯なんだよ!


「おっ、うをっと。急に驚くじゃないか」


 俺はちょっと腰を引き気味に、シルフィを抱きとめた。あと五か月か。俺の理性はそれまで保つんだろうか。

 チラリとカティアのいた方を見ると、彼女はもういなかった。瞳の色が元に戻っている。今はラジョアだ。相変わらずジトっとした目をしている。

 俺はシルフィの金色の髪を指ですいた。

 ウブなクセに積極的な俺の彼女は、まるでバラのようないい匂いがした。

 

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