委員長の行方
※ ※ ※
「俺はショウヘイだ!」
ブーン。
ネタバレと同時に低い音がする。
体がちょっとだけ縮んだ気がした。
変身にかかる時間は一瞬だ。今みたいに体格差がない場合はいいが、特に大きい人間になる時は大変だ。
体を締めつけられたり、ひどい場合は服が破れる。
ガルシアになった時は盛り上がった筋肉で、まるで漫画みたいにシャツが破れた。それなりに爽快だったが、そうそう下着をムダにするわけにもいかない。
「わぁあ、本物のお兄ちゃんに戻った」
「いや。つまり、なんと言うか……どうでもいいが、メチャクチャなスキルだな。これなら自分のお袋だってダマせちまう。どこから見ても全くの別人だ」
ガルシアは感心したようにつぶやいた。
この男がいるだけで、部屋がやけに狭く感じる。身長は二メートル近く、体重も百キロじゃきかないだろう。それも脂肪ではなく、ほとんどが筋肉だ。イスを壊すという理由で、ベッドに直接、座っている。
カティアのオッドアイが光ったような気がした。
「スキルの話は、あまり突っこんで聞かない約束だったはずです」
「ああ、ああ……そうだったよな。悪い悪い、驚くことばかりだったもんでな。
あんたもラジョアじゃなくて、カティアか。同じ体に人間が二人もいるんだろう。それだけでも、ギルドの冒険者にとっちゃあ驚天動地の大ニュースだ。
あんたらが、とてつもない秘密を持ったパーティーだってことは理解してる。余計なことは聞かない。秘密を守るって誓ったからな。その代わり約束だ。シオリだけは絶対に救出してくれ」
「わかっています。そのためにも、ガルシア殿は王都で活動を続けてください。
王都にあるギルドがしっかりしていないと、イザという時に困りますからね。ギルドの冒険者たちの中心はあなたです」
「わかってるさ。一緒に行きたいのは山々だが……オレが今、この王都を離れるワケにはいかない。ギルドの中にまとめ役がいなけりゃ国王の言いなりになっちまう。それに冒険者ってのは血の気が多い奴ばかりだからな。暴発でもされたらコトだ」
「大丈夫ですよ。シオリさんは必ず助け出します」
「頼むぜ。もう一度シオリに会えるなら、オレはなんでもする。『佐野クン』とかいう卑怯者とは違うからな。あのクソ野郎……思い出したら腹が立ってきた。もしどこかで会ったら、尻の毛を引っこ抜いてやる」
俺は思わず尻に手を当てた。
目がマジだ。尻の毛どころか、皮まで剥がされそうだ。
「えっと、すみません。『佐野クン』って、確か……」
「うわああぁぁぁあ。そうだ。紹介がまだでしたね。この人が委員長に奴隷として与えられていたミオさんです。王宮の地下牢から助け出しました。もちろん、まだ軍隊が血まなこになって探しています。ここにいるのは絶対に秘密ですから注意してください」
俺は必死に割って入った。
ガルシアはまだ、俺が佐野翔平だとは知らない。
「はい、私がミオです。皆様のことはカティア様からお聞きしました。助けていただいて、ありがとうございます。このことは、いくら感謝しても足りません」
「ミオさんは、私とラジョア……それに姫様と同じ、ルネリス王国の出身です。この髪と瞳を見てください。ルネリス王国は美人の産地としても有名でした。今も多くの遺民が世界各地に散らばって生きているはずです」
カティアはなぜか俺の方をチラリと見た。
ああ、そうか。話をそらしてくれたのか。
『ひとつ貸しですよ』
なんとなく、そう言われたような気がする。
ガルシアが身を乗り出すようにして、ミオの方を向いた。
「そうか、あんたがミオか……シオリがよく話してくれていた。それにしても驚いたな。まるでシルフィの妹みたいじゃないか。
これでよく、王侯貴族の『なぐさみもの』にならなかったモンだ。……いいや、別に勇者候補生が重要じゃないって意味じゃないぜ。ただ、これだけの上玉なら、自分の物にしたい男がワンサといただろう」
「首筋と背中に醜い火傷の痕があったのですよ。それでもミオさんは、最もステータスの高い勇者候補生に与えられる予定でした。最優秀だった候補生がなぜか欠番になったので、シオリさんに順番が回ってきたそうです」
「あのクソ野郎か。なんでシオリは、あんな奴を……」
げっ、これも俺のことだ。
カティアは狡猾だ。助け船を出しておきながら、釘を刺すことも忘れない。
「シオリさんは、ミオさんに何でも話していたようです。そのことも奴隷たちが監禁されていた理由のひとつでしょう。……それで重大なことがわかりました。
半月ほど前、王国と帝国とで大きな戦闘があったそうです。その戦いで王国側は壊滅的な損害を受けて敗北しました。そして、その勝敗を決定づけたのは、敵の中にいたドラゴンだったというのです」
「そんなこと、ありえないわ! 誇り高いドラゴンが人間なんかに手を貸すなんて……まあ、私みたいに例外はあるけど。ドラゴンが惚れるのは自分よりも強い相手だけよ」
突然、リーリアが声を上げた。
自分からドラゴンだと告白しているようなものだが、ここまで自然に話すと不思議と気にならない。
「理由はわかりませんが、王国軍の主力が失われたのは事実です。そのために急遽、勇者候補生の訓練を切り上げて戦線に投入することになったそうです。
シオリさんは、士気を上げるために『英雄祭』に参加してから、サルサに駐留しているレギオス将軍の軍団と合流すると言っていました。将軍の第三軍団は、王国側に残された最大の予備兵力です。次に敗北すれば後はありません」
「おいおい、敵はドラゴンだって……長い歴史でも人間が倒したのは一度きりだぞ。そんな相手に、ヒヨッコどもが行ったくらいでどうにかなるのか」
ガルシアがうめくように言った。
本当は俺も倒したけど。そのドラゴンも、目の前にいるけど。
だが、そのことは秘密だ。……ていうか、どうせ信じてもらえるわけがない。
「わかりませんが、何か嫌な予感がします。私たちは明日の早朝にでも、都市を出て追いかけるつもりです。ガルシア殿はスムーズに都市を出られるように協力してください。お願いできますか?」
「ああ、ああ。もちろんだ。たいした事はできないが、金も持っていってくれ。結婚資金にしようと貯めてたんだが……花嫁がいないんじゃ仕方ないからな」
「私はガルシア殿を応援しますよ。見かけによらず、純粋で誠実ですからね。シオリさんを忘れていた『佐野クン』よりはずっとマシです」
カティアの言葉が、俺の胸にグサリと突き刺さった。
まあ、それも仕方ない。委員長のメールを見たんだから当然だ。
彼女はシルフィのことを第一に考えている。委員長を救う手助けをしてくれるだけでも感謝しなくちゃいけない。
「お願いします。シオリ様を助けてください。助けてくださるなら、私の命を捧げても構いません」
ミオが深々と頭を下げた。
「そう簡単に、命をどうとか言わないでください。そんなことをしなくてもシオリさんは必ず救います。私たちにはチートな秘密兵器がありますからね」
カティアは俺に目配せした。
わかってるさ。
紅い瞳に応えるように、俺は自然とうなずいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます