容疑者とアリバイ
ソラはまた、人垣の中に消えた。
それからすぐに、シルフィたちのすぐ隣に現れる。
いくつか言葉を交わすと、リーリアが俺の方を向いて投げキッスをした。
「おお、い、今の見たか!」
「銀髪の姉ちゃんが投げキスしたぞ。オレだ。絶対にオレにだ」
「バーカ、自分のツラを考えてから言え」
急に、ガルシアが立ち止まった。
いちど荷物を置いてから、こっちを向く。
「やあ、親愛なるギルドの諸君! 今日はいい日だ。北側に陣取っていたモンスターはだいたい倒したから、当分の間は王都も安全だろう。今回はあの有名なシルフィがよく働いてくれた。それとこの……」
「リーリアよ。みなさんよろしく。私に色目を使うと、うっかりアリみたいに踏みつぶしちゃうかもしれないから、気をつけてね」
ギルド中が、どっとわいた。
だが、俺だけは笑えなかった。
冗談にしか聞こえないが、たぶん本気だ。リーリアが本来のドラゴンの姿になったら、こんな連中くらい簡単に踏みつぶせる。
「……それはともかく、これを見てくれ。戦利品もたっぷりある。本来なら俺のオゴリで飲みに行くところなんだが、今夜は先約があるんだ。勘弁してくれ。その代わり、そのうち絶対に穴埋めをする。さあ、みんな。勝利の雄叫びだ! ギルドバンザイ!」
「ギルドバンザイ!」
「ギルドバンザイ!」
すごい人気だ。
男気があって気前もいい。オマケに気さくな実力者ときている。何度も言うが、あのデスリーのイトコとは、とても思えない。
「おい、キサマら! 静まれ、静まれ!」
突然、入口の方から大声がした。
銀色のヨロイを身につけた王国の兵士たちだ。人混みの中を無理矢理に侵入してくる。
「集会は禁止だ! 国王陛下の布告を忘れたのか」
「なんだ、この。いくら国王だって、ギルドには手を出せないはずだぞ」
「そうだそうだ。早く出ていけ!」
冒険者たちが負けずに言い返す。
「出て行かないなら、力ずくだ、オレたちは兵隊なんて……うっ」
バタン。
言葉の途中で、コブシを振り上げていた冒険者がうつ伏せに倒れた。
魔法だ。たぶん王宮で俺が使った支配魔法と同じ物だろう。
支配魔法は単純な内容なら色々な命令ができる。『倒れろ』とか『眠れ』とか。術者の能力によっては、いろいろなバリエーションが可能だ。
「静かにしろ! 私の話を聞け!」
兵士たちの間を進み出てきたのは、やはりジェロンドだった。
ローブを着た魔法大臣を見て、あたりが水を打ったように静かになる。
「今日、王宮に侵入者があった。これは重大な犯罪行為だ。国王陛下とギルドとの協定により、容疑者の引き渡しを要求する」
「へえ……王宮にね。そんな度胸がある男がいるなんて知らなかった。近くにいるなら、顔をおがんでみたいもんだ」
ガルシアがわざとらしく大声で言った。
「それがガルシア殿、あなたなんですよ。証拠もあります。これが今朝、異世界の道具で撮った侵入者の画像です」
ジェロンドはスマホを上にあげて見せた。遠くてよく見えないが、画面に人影が写っている。どうせガルシアに偽装した俺の写真だろう。
「人工精霊の鑑定では、99.8パーセントの確率で本人の姿と一致しました。私を始めとして、目撃者も多数います。言い逃れはできませんよ」
「それじゃあ、答えはその0.2パーセントだ。その画像の方が偽物で間違いない。なあ、みんな。そうだろう」
ガルシアは豪快に笑った。
つられて、他の冒険者たちも笑い出す。
大勢の人間に侮辱されて、ジェロンドの顔が真っ赤になった。
「私を愚弄することは、国王陛下を愚弄することと同じです。いくら協定があるとはいえ、許されることではありませんよ」
「冤罪で別人を逮捕するよりマシじゃないか」
「だから証拠はここに……」
「オレは朝から王都の北でモンスターの討伐をしていた。ここにいるパーティーの連中と一緒にだ。証人は他にもいるぜ。ここにいる連中の何割かは、出発の時にオレの顔を見ているはずだ」
「そうだそうだ」
「このデカい体を見間違えるもんか」
「オレも見たぞ。ガルシアは確かにこっちにいた」
「……そんなことはない。あるはずがない」
ジェロンドはうろたえた。
「一応、確認します。それは、朝の何時のことですか」
「さあな。ええと、誰か覚えていないか」
受付嬢のエルフが遠慮がちに手をあげた。
「ちょうど9時だったはずです。パーティーの出発の時、私が魔法時計を見て記録しました」
「バカな……」
ジェロンドは、あわててスマホを確認した。
わざわざ見なくても結果は決まっている。ギルドからの出発時刻は、俺が王宮を訪問した時間と合わせておいた。アリバイは完璧だ。
「私からも証言します」
奥から壮年の男が進み出てきた。
足に障害があるのだろう。杖をつき、片足を引きずっている。
「ギルドマスター。実は今、魔法大臣閣下がガルシアさんのことを……」
「説明はいい。さっきから私も、ここで話を聞いていた。
ガルシア君がここを出発した時、私も立ち合っていた。ギルドでも評判の美女が同行すると聞いたのでね。それがそこにいるお嬢さんたちだ。この足のケガさえなければ、私も同行したいところだったよ。出発前の魔力検査も確認した。あれだけの魔力を持つ者は、このギルドには他に誰もいない」
「バカな。バカな、バカな」
ガルシアがふんと鼻を鳴らした。
「夢でも見たんじゃないか。それとも変装の達人にダマされたか……まあ、オレには想像もつかないがね。あんたみたいな【賢者】なら、そういう魔法があるかどうかくらいは知ってるんじゃないか」
「そんなに完璧な変身魔法はない。可能性があるとすれば未知のスキルだが……そうか。私に変装していたのもそれか。くそっ。お、おい、帰るぞ。失礼した。ギルドマスター、ギルドを騒がせたことを謝罪する」
ジェロンドはそれだけ言い残すと、戸惑っている部下を置き去りにして、さっさと出ていった。
「ギルドバンザイ!」
「ギルドバンザイ!」
「ギルドバンザイ!」
誰かが叫んだ言葉が、まるで合唱のようにギルド全体に広がった。
「ギルドバンザイ!」
つられて、俺も同じ言葉を叫んだ。
まるで昔、元いた世界で見たスポーツ観戦のように。心地よい一体感が、俺をゆっくりと満たしていった。
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