6 王国の遺民

王国の遺民

 コン、コンコン、コン。

 俺はあらかじめ決めておいたリズムでドアをノックした。


「ショウヘイ殿ですね。首尾はどうでしたか」

 

 カティアの声が返ってくる。

 まだステルスを使ったままだが、彼女には【真実の目】がある。認識を狂わせるような魔法や効果は通用しない。


「ミオを救出した。今、一緒にいる」


 カチャリ。

 ドアが内側から開いた。


「早く入ってください。ステルスは解除しないで。鍵を閉めたら、私にも同じ魔法をかけてください。話し声を聞かれる心配がなくなります」


「あのう、この人は……」


 ミオは目の前の女性の瞳を見て固まっていた。

 カティアはオッドアイだ。

 初めてだと、かなりのインパクトがあるのだろう。俺でもたまに、心を吸いこまれてしまうような気がする。


「俺の仲間だ。安心していい」


「自己紹介は後です。魔法をかけたら、お互いにハグをしましょう。そうすれば、他人に存在を気づかれないまま話ができます」


 俺はカティアにもステルスをかけた。

 ミオがキョロキョロする。


「えっ、消えた。どうして?」


「ふふふ、ちょっとした隠れんぼですね。でも、ミオさんも、ちゃんと魔法の効果を知っておいた方がいいと思います。『百聞は一見にしかず』ですから」


 そう言うと、カティアは背伸びをしてミオに抱きついた。


「ふわっ!」


 ミオは驚いて飛び上がりそうになった。

 だが、カティアがしっかりとしがみついている。


「み、見えた。見えました。……これがステルスなんですね。すごい。こんなに不思議な魔法があるなんて思いもしませんでした。

 ところで、そろそろいいですか。女の子同士でも、少し恥ずかしいです」


 だが、カティアはすぐには返事をしなかった。

 どうしてだろう。ぎゅっと、ミオを抱きしめたままだ。


 やがて、その瞳から大粒の涙が流れてきた。よく見ると手もわずかに震えている。


「ああ、かわいそうな子。奴隷にされて、苦しかったでしょうに……」


「えっ、えっ、えっ? どうして泣いているんですか?」


「ごめんなさい、耐えきれなくなって……抱きついたことで、あなたの古い記憶が私の中に流れこんできました。これも私のスキル【真実の目】の効果です。私は他人の考えていることや心の中身を知ることができます。

 あなたは『ルネリス王国』の国民だった人ですね。私の力が及ばなかったせいで、ご家族を悲惨な目にあわせてしまいました。心からおわびします」


「あなたは、誰なんですか?」


「私の名前はカティア……滅亡した王国の家臣だった人間です。重要な地位にいたのに、私の力では姫様を逃がすだけで精一杯でした。多くの国民を見捨てた責任は、私の命だけでつぐなえるものではありません」


「カティア様……宮廷魔法使いのカティア様ですか。知ってます。私の父が言っていました。父は騎士だったんです。

 お姫様を守りに行く。それが父の最後の言葉でした。まだ五才でしたけど、はっきりと覚えています。それから家が焼かれて……気がついた時には、血だらけの母の死体がそばにありました。その時はわからなかったけど、陵辱もされていたんだと思います。こうなりたくなかったら、奴隷になって死ぬまで奉仕しろ。……血のついた剣を持った兵士に、そう言われました」


「覚えていますよ。あなたの父の名前はジルベールですね。シルフィ様のような金髪の美しい娘がいると評判でした。

 王国が崩壊した時。姫様の盾になって戦死した騎士のひとりが、あなたのお父さんです。姫様や私が命をつなぐことができたのも、彼のように勇敢な騎士たちが戦ってくれたおかげです」


 それから二人は、しばらくの間抱き合っていた。

 言葉もなく、ただ体を寄せ合っている。


 戦争に負けたら奴隷になる。この世界ではそれが普通らしい。国際法とか基本的人権がない世界で生きていく。それがどんなに大変なことか、俺にはまだ実感できないでいる。


 でも理解しなくちゃいけない。

 ここはもう俺の世界だ。シルフィと一緒に生きる。そう決めたんだ。そんな覚悟もないなら、人を好きになる資格はない。


「……ショウヘイ殿、彼女の傷を治してあげてください」


「ああ、そうだった」


 カティアに言われて、ようやく思い出した。

 ミオには首筋に火傷の痕がある。背中にもあるらしい。

 火傷の痕を完全に再生させるのは難しいが、大賢者のギガヒーリングなら簡単だ。


「ギガヒーリング!」


「ああ、なんかいい気持ち……」


 ミオは、うっとりとしているような声を漏らした。

 治療は一瞬だ。相変わらず、大賢者の魔法はすさまじい。


「これで治っているはずだ。もう、首筋の傷は完全に消えてる。背中の方は、後でカティアにでも確認してもらってくれ」


「えっ? そんな……エクスヒーリングでも治らないって聞いてたのに」


「ショウヘイ殿の魔法は本物ですよ。ちょっとした裏技を使ってますけどね。

 さあ、ショウヘイ殿。もういいですよ。ミオさんのことは私に任せて出かけてください。……ただし無理は禁物です。ミオさんの救出だけでも今日の戦果としては十分すぎるくらいですから。欲をかくと人間は必ず失敗します」


「わかってる。王宮の様子を偵察したら、すぐに戻ってくる」


 俺は【大賢者】のまま、宿を出て再び王宮へと向かった。

 チラリと振り返った時、俺はミオの笑顔を初めて見たような気がしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る