鉢合わせ
この場を乗り切れば……。
兵士は俺のことをジェロンドだと信じきっている。ミオは、不本意ながら魔法で拘束した。バレる心配はもう、ほとんどない。
勝利を確信した俺は、それでも慎重に通路を歩いた。
階段まであと十メートルくらいか。太ももの筋肉が密かに緊張する。七メートル、五メートル……。呼吸を整えろ。背筋を伸ばせ。堂々と胸を張れ。
武装して立っている兵士たちの前に出ると、俺は余裕を見せるために咳払いをした。
「この奴隷は私が連れて行く。いいな、明日の朝になったら引き取りに来い」
「えっ、いや。えっと」
ん? なんだ。
ちょっと、兵士たちの反応がおかしい。
ここは『はい』だろう。戸惑ったような顔をする必要が、どこにある?
「ジェ、ジェロンド様が。ふたり……」
「お、おい。キサマは誰だ!」
それは俺の声……じゃなくて、ジェロンドの声だった。
階段から降りてきた男は、俺と同じ顔をしていた。オマケに魔法大臣のローブまで着ている。くそっ、本物だ。
「おい、キサマこそ誰だ!」
俺はとりあえず、オウム返しに言ってみた。
でもなんで、ここに本物のジェロンドがいる? まさか、奴もミオが目的で来たのか? そうだとすると、さっき思わず俺の口から出た言葉……。
「コイツは偽物だ! さっさと捕えろ」
ジェロンドは俺を指差して命令した。
だが、兵士たちは誰も動かない。キツネにつままれたような顔をして、俺たちの顔を見比べている。
「し、しかし、ジェロンド様。どちらが本物のジェロンド様なのですか」
「私に決まっている」
「私に決まっている」
もう、ヤケだ。
俺は開き直った。顔も同じ。声も同じはずだ。区別なんかつきっこない。
「この、ウソつきめ!」
「この、ウソつきめ!」
「……くそっ、ラチがあかん」
ジェロンドは俺の顔をジロジロ見た。
「それにしても見事な変装だな。鏡でも見ているようだ。何かのスキルか……だが、私がここに現れるとは想定外だったろう。そこにキサマの弱点がある。
おまえたちも、よく考えてみろ。仮に私が偽物だったとしたら、この男を見て引き返すはずだ。わざわざ本物と対決しようとするバカはいない。……だから最初にいた方が偽物だ。その証拠に、コイツは私の真似ばかりしている」
げげっ、ヤバい。正論だ。
「おまえこそ怪しいぞ。そんな屁理屈。誰が信用する」
「屁理屈かどうかは、キサマが一番よく知っているはずだ。
それに……そうだ。昨日も私はここに来ている。ここにいる兵士たちとも、いくつか言葉を交わした。そこで自分が何を言ったか。この場で話してみろ!」
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
コイツ、頭も切れる。魔法大臣なんだから当然か……このままじゃ、バレる。
くそっ、何かないか。逆転できるようなネタが。何か、何か……。
俺はハッと気づいた。
さっき見たスマホの映像だ。そこには、魔法で整形する前の、スッピンの姿が表示されていた。兵士たちはそのことを知らないはずだ。
「理屈だけは立派だな。だが、私はキサマ本当の姿を知っているぞ」
「なんだ?」
「本当のキサマはそんな色男じゃない。いいか、よく聞け。
ハゲで出っ歯。顔は黒ずんでいて、ブツブツだらけ。チビでデブで短足。ヒキカエルだってもうちょっとはマシだぞ」
「げっ、どうしてそれを……」
言ってしまってから、シェロンドはハッと口をつぐんだ。だが、もう遅い。
兵士たちは機敏に動いた。すぐに本物のジェロンドを囲む。
「ふん。語るに落ちたな。おまえたちも聞いただろう。
さあ、早く。私に変装した偽物を捕えろ! 拘束して、とりあえず空いている独房にでも押しこんでおけ。いいか、魔法を使うかもしれないぞ。猿ぐつわを咬ませるのを忘れるな」
「はい、ジェロンド閣下!」
「お、おい。待て。私が本物のジェロンドだ。こんなことをして、後でどうなるか。わかっているのか。や、やめろ……ぐふっ」
ドカッ。
ジェロンドは腹を殴られて、すぐに口を布で縛られた。訓練された動きだ。これじゃあ魔法を使う暇もない。
「尋問は後で私がする。それまで見張っていろ」
いい気味だ。
どうせ長くはゴマかせないだろうが、とりあえず今だけでいい。ジェロンドが解放される頃には、俺とミオはもう奴の手の届かない場所にいる。
※ ※ ※
かチャリ。
適当な空き部屋に入ると、俺は鍵をかけた。
王宮にはゲストルームが無数にある。それは前回の侵入時に確認済だ。
ミオは俺の目の前に、ぼうっとした表情のまま突っ立っていた。
囚人服はシンプルだ。ブカブカのチュニックから女性らしい胸のふくらみが、あらわになっている。
よく見ると首筋のあたりに火傷のような
「その傷、どうしたんだ?」
「ハイ、じぇろんどサマ。子どものトキ、戦争で焼かれマシタ。背中にも大きなアトが残っています。貴族のドレイになれなかったのも、それがリユウです」
あ、ああ。いけない。
まだ支配魔法をかけたままだった。俺はあわてて魔法を解いた。
「わ、悪かった。どうだ。まだ頭がぼうっとしてるか……」
ウツロだった瞳が急に光を取り戻していく。
くそっ、ジェロンドのヘタクソ野郎め。かなりダメージを受けている。大賢者の魔法なら、こんなに負担をかけたりはしない。
「ジェロンドめ!」
ミオは突然そう叫ぶと、俺につかみかかってきた。
今は本来のステータスとは程遠いが、小柄な少女の力だ。腕くらいは簡単につかめる。それでもミオは抵抗をやめない。
「私はシオリ様の奴隷だ。シオリ様は私のことを妹だと言ってくださった。薄汚い男なんかに汚されてたまるか!」
「待て、待ってくれ。俺はジェロンドじゃない。ショウヘイだ!」
ブーン。
あっ、そうか。これが解除のキーワードだった。
……でも、どうする。いきなり素顔を見せても信用してくれるとは限らない。
むしろ、こんな酷い目にあっているんだ。疑い深くなっている方が自然だ。
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