5 委員長の奴隷

委員長の奴隷

 湿った寒々しい通路には、見覚えがあった。

 異世界に召喚されたその日に衛兵に連れて行かれた場所だ。


 圧倒的なステータスを持つ俺は王国にとって期待の星だった。魔法大臣から、勇者候補生の代表として紹介されたくらいだ。そのまま流れに乗っていたら、今頃は王国の救世主になっていたかもしれない。

 だが目立つのを恐れた俺は、無意識のうちに【偽装スキル】を使ってしまった。


 俺のユニークスキルは、自分のステータスをゴマかすことができる。

 凡人に見えるように……そう思ったのが運の尽きだった。

 ゴミ以下の実力だと思われた俺は、その場であっさりと切り捨てられた。それで連れて行かれたのが、この地下牢に続く道だ。


 コツーン、コツーン。

 靴音がやけに高く響く。これも侵入者を知らせる設計なんだろうか。

 曲がりくねった階段を降りきった場所で、俺は兵士に制止された。


「戻れ。ここから先は立ち入り禁止だ。魔法大臣の許可がなければ、誰も通すなと命令されている」


「私の顔を忘れたのか?」


 俺はローブのフードを取って、顔を見せた。


 カツッ。

 兵士は足をそろえて敬礼した。

 いい反応だ。さすがに、よく訓練されている。


「失礼いたしました。ジェロンド閣下。……ですが、ご訪問があるとは聞いておりませんでした。それに、そのお召し物はどうされたのですか」


 当然の反応だ。

 俺が着ているローブは、赤毛の魔法使いの物だ。魔法大臣の正装とは全く違う。


「さっき、ガルシア殿が王宮に来た。そのことに関連して、これから一人の奴隷に用がある。このローブは部下の物を借りた。私が頻繁に地下牢に出入りしているのを知られたくないからだ。……質問はそれで終わりか」

 

「はい、わかりました。余計なお手間を取らせて申し訳ありません」


「そのことはいい。それよりも早く、奴隷のところへ案内してくれ。あまり長く不在にすると、誰かに勘づかれるかもしれない」


「どの奴隷ですか?」


「勇者候補生のシオリ殿に与えた、ミオという名前の女奴隷だ」


「それならこちらです。ついて来てください」


 しばらく見ない間に地下牢は改造されていた。

 手前にあったいくつかの独房が撤去され、兵士の駐在場所になっている。そこには完全武装の兵士が十人はいた。

 彼らはジェロンドの顔を見ると直立し、ビシッと引きしまった。訓練の行き届いた兵士たちだ。


 通路の両側には独房がずらりと並んでいた。前回は空き部屋ばかりだったが、今は奴隷で埋まっている。

 いずれも女性ばかりだ。それも美しい。

 召喚された人間のほとんどは男だ。どういう扱い方をされているかは、俺にでも容易に想像がつく。

 奴隷は勇者候補生を支配するための特別なエサだ。

 恋人のように、娼婦のように。あるいは妹のように……主人の性格のせいだろうか。一人ひとりの表情が驚くほどに違う。


「シオリ様の奴隷は、この娘です」


 その少女は鉄格子の奥に、うずくまるように座っていた。

 光の束のような金髪が小柄な体にかかっている。着ているのは灰色の地味なチュクニックだった。他の奴隷と比べても、ひときわ美しい。


 ガルシアの話では、ミオという名前らしい。

 年齢はたぶん十五才くらいだろう。青い瞳と雪のように白い肌。シルフィの妹といっても通用しそうだ。


「鍵を開けろ。私の部屋まで連れて行く」


「えっ。閣下の部屋にですか」


「シオリ殿は、現時点で勇者に一番近い人間だ。コントロールするためには、この娘をしっかりと調教しておく必要がある。後のことは……私に言わせるな。魔法と薬で、私がいなければ生きていけない体にしてやる」


 うげっ。なんだこのセリフ!

 自分で言ったくせに、俺はドン引きした。

 他人に偽装していると、そいつが言いそうなセリフが勝手に口から出てくる。

 コイツは正真正銘のゲス野郎だ。こんな美少女を毒牙にかけようなんて、まともな人間のすることじゃない。


「それは。なんとも、うらやましい……でも、気をつけてくださいよ。こいつは反抗的ですから。看守から武器を奪おうとしたこともあります」


「私を誰だと思っている。いくら戦闘の専門でなくても、賢者が奴隷に負けるわけなどあるまい。それに、多少は抵抗してくれた方が、楽しみが増えるというものだ。

 さあ、こっちへ来い。もっといいベッドを使わせてやるぞ」


 ペチャッ。

 俺の顔に何かが、かかった。  


「おい、キサマ。閣下に何をする!」


「いや、構わない。私に任せておけ」


 剣を抜こうとするする兵士を、俺は片手で制止した。

 ミオの気持ちを考えれば、ツバを吐きかけるくらいは当然だ。ローブの袖口で頬を拭きながら、小声で呪文を唱える。


 偽装している人間の姿をしている間は、その能力もコピーできる。魔法が使えることも既にラジョアで検証済だ。


 奴隷の少女は急に、トロンとした目になった。

 賢者以上の魔法使いしか使えない支配魔法だ。一時的にだが相手の自我を奪い、意のままに動かすことができる。


「私について来い。それと私のことはジェロンド様と呼べ」


「ハイ、じぇろんどサマ……」


 ごめんよ。

 俺は心の中でミオに謝った。

 人間の意思を奪って従わせるのは最悪の罪だ。それくらい俺にだってわかっている。

 だが、これも兵士たちをあざむくためだ。


 これからのプランはこうだ。

 このまま地下牢を離れて、どこかの部屋に隠れる。そこで変身を解除してから、【職種偽装】のスキルで大賢者になる。

 後は、大賢者にしか使えない究極魔法のひとつ『ステルス』の出番だ。


 ステルスを使えば、他の人間の目には見えなくなる。

 本当に消えてしまうわけではないが、認識されなくなる。つまり、目の前にいても気がつかないってことだ。大賢者なら支配魔法の上級バージョンも使えるから、邪魔な兵士なんかは眠らせてしまえばいい。つまり、この場を乗り切れば、それで実質的にミッションはクリアしたことになる。

 

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