変身、また変身

 俺はスマホを操作して、もう一度だけガルシアになった。

 とりあえず今はこれが正解のはずだ。シャツを着て、便座に腰掛ける。ズボンは膝下まで。子どもでも知ってる排便のポーズだ。


 ドンドンドン。

 ドアをたたく大きな音がした。


「ガルシア様、まだですか? 早くしてください。部屋を勝手に使ってることを知られたら、私が叱られます」


「悪い悪い。クソは終わったんだが、紙がないんだ。持ってきてくれ」


「紙ですかあ」


 男は、あきれたように声を漏らした。


「もう……仕方ないですね。私のハンカチを使ってください。その代わり後で弁償してくださいよ。ドアの外に置いて置きますから、勝手に取ってください」


「そう言うなよ。ケツが汚れてるんだ。持ってきてくれ」


「ああっ、もう。わかりました!」


 ジェロンドの部下はとびきり大きな悪態をついた。

 ギイィと軋む音がして、ドアがゆっくりと開いていく。


「こっちだ。頼む。ドアはちゃんと閉めてくれよ。下半身が丸出しなんだ」


 バタン。

 俺はドアが閉まることを確認してから、男の方に手を伸ばした。ハンカチを受け取ろうとしている。赤毛の魔法使いは間違いなくそう思ったはずだ。


「本当に弁償してくださいよ。このハンカチは……げぼっ」


 間合いに入った瞬間、俺はいきなり立ち上がって男を絞めあげた。

 思った通りだ。ガルシアは、殺さないように相手を気絶させる技術を持っている。


「悪いな。ちょっとの間、気絶しててくれ」


 相手がぐったりすると、俺はベッドまで運んでから服をはぎ取った。

 シーツを裂いて体を縛ってから、パンツだけにした男を布団に寝かせてやる。


「服は借りておくぜ。親切にしてくれて、ありがとな」


 ここでガルシアの出番は終了だ。

 次は魔法大臣のジェロンドだ。今日はやたらと忙しい。

 それにしても一人何役だ? 俳優だったら、ギャラを追加してほしいくらいだ。


 魔法大臣に偽装した俺は、奪ったローブを着た。

 フードを深くかぶって顔を隠す。


「ミリア、ジェロンドのステータスを教えてくれ」


「ハイ、【賢者】レベル99。体力100、攻撃力50、魔力800です。【大賢者】には劣りますが、高レベルの攻撃魔法と回復魔法が使用できます」


 攻撃魔法は『メガファイヤー』、回復魔法は『メガヒーリング』か。

 【大賢者】だと、メガ系の上位魔法。ギガ系の魔法が使える。たった一段階だが、威力は段違いだ。


「これでも、たぶん凄いんだよな……」


「ハイ。カティア様が魔力を失ってからは、世界でも最高ランクの魔法使いとして知られています」


「えっ? カティアもか」


「ハイ、特に魔法研究の分野では高く評価されていました。私のような人工精霊の基礎理論を確立したのもカティア様です。公式には、シルフィ様の王国が滅びた時に死亡したとされていますが、現在でも魔法学者たちの尊敬を集めています」


「有名人だったんだな」


「ハイ、カティア様は魔法理論の母と呼ばれています」


 俺はふと、カティアの気持ちになって考えてみた。

 国王の信頼の厚い宮廷魔法使いとして、王女の家庭教師をしていた。好きな研究をして尊敬も集めていた。それが今では、ラジョアの中に隠れてシルフィを守るためだけに生きている。

 

 俺なんかには、とてもできない。

 頭が下がる思いだ。叱られることもあるが、腹が立たないのはそのせいだろう。


「……そうだ。カティアで思い出した。それだけの実力者なら、ジェロンドにもユニークスキルがあるかもしれない。ミリア、鑑定できないか?」


 今、俺はジェロンドになっている。

 カティアのスキルが使えたんだから、ジェロンドのスキルも使えるはずだ。


「ハイ、少しお待ちください。画面に表示します」


『鑑定中……』

 その表示が消えると、代わりに選択肢が表示された。


『ジェロンドの固有スキルを表示する。【ハイ】、【イイエ】」


「……いつも思うんだけど。この作業、必要なのか?」


「他人の固有スキルを見ることは、プライバシーに抵触する可能性があります。私には開示するかどうかの判断はできません」


 こういう所だけは、やけにAI臭い。

 まあ、いいや。【ハイ】だ。

 画面はすぐに切り替わった。


『固有スキル【全身整形】。レア度、普通。

 外見の気になる部分を魔法で整形することができる。スマホでの設定が可能。解除呪文を唱えると元の容姿に戻る』


「ちなみに、ジェロンド様の本当の姿はこれです」


 げっ、なんだこりゃ。

 頭はハゲてるし、顔面はブツブツだらけ。歯は出っぱってて、目は陰気にくぼんでいる。これだけ完璧なブサイクは、そうはいない。


 なんだ。イケメンのふりをしていたわけか。

 偉そうにしている奴ほど、中身はショボいってことだ。


 でもまあ、今はそのことより委員長の奴隷の救出だ。

 まだ騒ぎにはなっていないようだが、無限に時間があるわけじゃない。


「ミリア、地下牢までナビゲートできるか?」


「ハイ。お任せください。私には、前回、ショウヘイ様が王宮から脱出した時の記録が保存されています」


 

 

 

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