偽装の変更
会談を終えると、ジェロンドはまた赤毛の魔法使いを呼んだ。
王宮を出るまでの監視だろう。こういう陰湿な目配りには、うんざりする。
一階に降りる階段の少し前で、俺は急に立ち止まった。
「おい、ちょっといいか。悪い。トイレに行きたくなった」
「中庭に出るまで待ってください。もう少しで外です」
「それが、ガマンできそうにないんだ。朝食った物が悪かったのかな。腹が下って、クソが出そうだ……いや、出る。ちょっと待て。早くしてくれ。いいのか。王宮の絨毯を汚しちまうぞ」
これも勢いだろうか。
普段の俺なら絶対に言えないようなセリフが、スラスラと出てくる。
ジェロンドになりきった俺は、魔法使いの首を絞めるふりをした。
「は、早くしろ。王宮でクソを漏らしたなんて知られたら、オレの人生は終わりだ。キサマを道連れにして死んでやる」
「く、くるひい。こ、声を……」
ヤバい。本当に首が締まってる。
ガルシアの腕力は熊並みなんだった。こんな男くらいは簡単に絞め殺せる。
あわてて俺は、指の力をゆるめた。
「とにかく早くしろ」
「ゲッ、ゲホッ。わかった、わかりました。トイレはありませんが、そこの部屋が客室になっています。今は空室のはずですから、オマルを使ってください」
「わかった。のぞくなよ!」
俺は部屋に入ると、勢いよくドアを閉めた。
王宮にトイレがないという話は本当だったらしい。
その代わり、部屋の入口近くに便座が置いてある。本来の置き場所は知らないが、俺にはどうでもいいことだった。最初から使うつもりはない。
「ミリア、トイレの音を頼む」
「ハイ、わかりました。あまり快適な音声ではないので視聴には注意してください」
ブ、ブリブリッ。ブリッ!
スマホのスピーカーから生理現象の音が響いた。
俺はその音に紛れて【外見偽装】を解除した。
例によって、大きすぎる服が脱げ落ちる。残ったのは上着のシャツ一枚だったが、仕方がない。それよりも次の行動だ。
俺はほとんど裸のまま、スマホを操作した。
今度はカティアだ。もし俺の予想が正しければ、これでかなりの情報が手に入る。うまくすれば、奴隷たちの居場所も特定できるかもしれない。
俺は更にもう一段階、小さくなった。
最後のシャツまでスルリと落ちる。これで真っ裸だ。
「うわっ」
こっ、これは……。
俺はドキリとした。
子どもみたいに小さいが、子どもじゃない。胸だってちゃんとある。ツルリとした腹部の下は……ダメだ。見ちゃいけない。カティアには絶対にバレる。
とにかく冷静になれ。この姿になったのには意味がある。
俺は落ちたシャツを拾って体に巻きつけた。まるでミノムシみたいだが、これで少しは防寒になる。
「ミリア、さっきの動画を再生してくれ。奴隷について話した部分だけでいい」
「ハイ、再生を開始します」
その間に、俺は部屋の奥に踏みこんでいった。
まだ外には赤毛の魔法使いがいる。ガルシアの姿なら恐れることはないが、カティアになっている間は、ほぼ無力だ。
動画は、かなり鮮明に撮れていた。最近のスマホは凄い。
『……大丈夫ですよ。奴隷は別の場所で【快適に】過ごしています。食事もパンだけでなく、副菜も十分に与えています。戦場にいるよりもずっと安全です』
やはり思った通りだ。
これも、カティアのユニークスキルの効果だ。動画でも、話していることがウソか本当かわかる。
ここでは【快適に】という部分だけがウソだった。そこだけ声が裏返っている。普通に考えれば、あのクソ野郎が奴隷を大切に扱うはずがない。
『ベッドはあるのか。【寒い思い】はしていないのか。まさか【牢屋】とか、【暗い地下室】にいるってことはないんだろうな』
これは俺のセリフだが、ジェロンドの反応に特徴があった。
つまりこれは逆だ。【暗い地下の牢屋にいて、寒い思いをしている】。そう解釈すればいい。
『……まあ、いいさ。つまり【王都の外】のどこかにある隠れ家で、兵隊に守られて【快適に】過ごしているってことだな』
『それで【間違いありません】』
なるほど。
これで確信した。奴隷たちはまだ、王都の中にいる。
『……奴隷の居場所を知っているのは、私と少数の部下だけです。安心してください。軍人や貴族どころか、国王陛下だって正確な場所は知りません』
この部分は全て本当だ。
だが、それはそれで貴重な情報だ。
俺は再生を停止した。
よし、これでわかった。奴隷たちがいるのは王宮の地下牢だ。
王都の中で兵士が常駐しているところは、王宮か有力貴族の屋敷しかない。屋敷の主人に無断で貴族の屋敷を使うことは不可能だ。
「それにしても、俺にしちゃあ冴えすぎじゃないか……」
「ハイ。今のショウヘイ様には、カティア様の能力がコピーされています。脱出までの計画も、今のうちに考えておくことを推奨します」
「そうか。やっぱり、そうだよな……」
俺はちょっとガッカリした。
どうやら、いきなり天才になったわけではないらしい。
それなら次はどうするか。
カティアなら、どう考える。……とりあえず、もうカティアの姿でいることにメリットはない。隠密行動に最も適したのは【大賢者】だ。魔法で身を隠し、地下牢に潜入する。赤毛の魔法使いは拘束しておけばいい。その間に奴隷を救出する。
……いや、ちょっと待て。
俺は委員長の奴隷の顔を知らない。確実に彼女を救うつもりなら、もうひと工夫する必要がある。
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