魔法大臣との交渉

「オレは、かしこまったのは苦手だ。ざっくばらんに言わせてもらうぜ。

 ギルドを抜けるから、オレを軍隊で雇ってもらいたい。条件はこれから言う」


「なるほど……この時期ですからね。面会と聞いた時から、ある程度は予想していました。理由を教えてくれませんか」


「シオリに惚れた。あの女をオレの物にしたい」


 役柄とはいえ、このセリフはちょっと恥ずかしい。

 だが、それはガルシアも同じだろう。全ては委員長を助けるためだ。


「実にシンプルな理由ですね。王都でも知られたギルドの重鎮でもあるあなたが、女ひとりのために……」


「人生なんて、酒と女のためにあるもんだ。ギルドも大切だが、そこまでじゃない。

 それに勇者候補生の連中も心配だ。バカみたいに突っこんで戦死しないかとか……。ひい爺さんから受け継いだ性分なんだろうな。オレは異世界人ってヤツが放っておけないんだ。どうせ奴らを止められないなら、せめて見守ってやりたい」


「もちろん大歓迎ですよ。あなたのように優秀な【魔法戦士】なら、国王陛下も喉から手が出るほど欲しいでしょう。いきなり将軍……とまではいかなくても、中隊長くらいの地位は与えられるはずです。お金についても、ギルドにいた時の年収の二倍はお約束できると思います」


 俺は、ジェロンドがデスクに視線を落としたのに気づいた。

 携帯電話だな。……いや、それを改造した魔道具か。会話を録音してるんだろう。いざという時、言質を取るつもりだ。


 だが、これくらいは想定内だ。

 俺もスマホを出して、こっそりと動画の撮影を始めた。

 ユニークスキルの偽装効果で、ミリアのことは目立ちにくくなっている。変装中も効果が継続しているのは、本物のガルシアで実験済だ。


「地位や金の問題じゃない。オレが欲しいのはシオリだ。

 戦場に出たら、オレをシオリの上官にしてくれ。それと、シオリが使ってる奴隷が欲しい。聞いただけだが、妹みたいにかわいがってるって話だからな。将を射止めるつもりなら、まずは馬からだ」


「戦場での配置は将軍が決めることですが、要望くらいは出せるでしょう。

 ただし奴隷のことはあきらめてください。すでに、あの奴隷は彼女の所有物です。勝手に他人に与えることはできません」


「それなら、せめて会わせてくれ。戦場に行った時のみやげ話にしたい」


「戦場に行っている間は、奴隷を安全に保護する約束になっています。たとえガルシアさんの頼みでも、特定の奴隷に会わせることはできません。

 大丈夫ですよ。奴隷は別の場所で快適に過ごしています。食事もパンだけでなく、副菜も十分に与えています。戦場にいるよりもずっと安全です」


「ベッドはあるのか。寒い思いはしてないのか。まさか牢屋とか、暗い地下室にいるってことはないんだろうな」


「ははは、まるで自分の妹を心配するみたいですね。いいじゃないですか。奴隷はただの道具です。もちろん死なせませんよ。大勢の兵士で厳重に守っています。

 それにしてもシオリというのは不思議な人間ですね。おかげで、戦場に送りこむ理由ができましたが……そこまで奴隷に執着する気持ちが、私には理解できません」


 俺はイラッとした。

 委員長のメールにあった通りだ。こいつは奴隷の命のことなんて、ちっとも考えていない。


「そこがいいんだよ。お偉い魔法大臣様には、わからないだろうがな。

 まあ、いいさ。つまり王都の外のどこかにある隠れ家で、兵隊に守られて快適に過ごしているってことだな」


「それで間違いありません」


「そこまで言うなら、あんたに任せる。……だが、責任は持ってもらうぞ。

 ところで、情報が漏れる心配はないんだろうな。オレの知らないうちに、奴隷がいなくなったんじゃ困るぜ」


「奴隷の居場所を知っているのは、私と少数の部下だけです。安心してください。軍人や貴族どころか、国王陛下だって正確な場所は知りません。

 さあ、聞きたいことはそれだけですか。質問が終わったなら、実務的な条件の話をしましょう。戦況は逼迫しています。そうと決まったら、なるべく早く陛下にあなたの入隊を報告しなくてはなりません」


「ちょっと待ってくれ。オレはまだ正式に入隊するって決めたわけじゃないぜ。とりあえず、条件を聞いただけだ」


 俺はわざと、あわてたように言った。

 そろそろ頃合いか。

 ジェロンドの動画も十分にたまったはずだ。あまり長居してもボロが出る。


 ジェロンドは、スマホの画面を立てて俺に見せた。

 再生ボタンをタップする。


『……オレみたいな冒険者のために、貴重な時間を取らせて悪いな』


 俺の声だ。

 いや、ガルシアの声か。


「あなたの音声は記録させていただきました。これを公開すれば、あなたがギルドを裏切ったことが明らかになります。これでもう、後戻りはできませんよ」


「なんだ、これは」


「異世界の携帯電話を改造した魔道具です。現地では『スマホ』と呼んでいるらしいですね。音だけでなく画像も撮れる優れ物です」


「くそっ、ハメやがったな」


「人聞きの悪いことを言わないでください。私はただ、決断を後押しして差し上げただけです。……あなたにも心の準備があるでしょう。一日だけ時間を差し上げます。その間に周辺を整理しておいてください。早ければ明後日にも戦場に向かっていただきます」

 

 

 

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