4 潜入作戦
潜入作戦
翌朝、俺はひとりで王宮へと向かっていた。
デカい体は揺れる。恐竜がのし歩くみたいだ。腕の太さだけで、シルフィのウエストくらいはあるんじゃないだろうか。
ううう、寒い。
それにしても、どうしてこんなに薄着なんだ?
筋肉を見せたいのはわかる。でも、真夏じゃあるまいし。上半身が下着みたいなシャツ一枚ってのは、明らかにやり過ぎだ。
「ガルシア、今日はモンスター狩りに行ったんじゃなかったのか?」
途中で冒険者風の男に声をかけられた。
もちろん、そいつの顔なんか知らない。だが、ガルシアなら知っているはずだ。
「王宮から呼び出されたんだ。まったく人気者はつらいな。……今頃、金髪の美人と楽しいお仕事のはずだったのによ。知ってるか? 今、王都にシルフィが遠征に来てるんだ。あのお姫様、また強くなったみたいだぜ」
「ああ聞いた。もうひとり、銀髪の美人もいるんだろう。こっちが王様の都なのに、どうして美女は向こうのギルドばかりに集まるのかね」
「さあ、ギルドマスターの人徳だろう。向こうは人格者だからな」
「違いない。……ああ、そうだ。都合がついたら、オレにもそいつらに会わせてくれよ。シルフィが無理ならラジョアでもいい。あのチビ姉ちゃんに一度でいいから『死ねばいい』って言われてみたいんだ」
「悪趣味だな」
「流行には乗っておきたい方なんだ。わかったな。約束だぞ」
そう言うと、冒険者は行ってしまった。
まあ、こんな感じだろう。ガルシアとは昨日、みっちりと打ち合わせをしている。服も本物を貸してもらった。変装の完成度には自信がある。
今頃、本物のガルシアはシルフィたちと一緒にクエストの最中だった。王都の北側に出没するモンスターの討伐を、合同パーティーで請け負っている。
俺は腹痛で部屋にこもっていることになっていた。もちろん、誰もいない部屋には鍵をかけてある。準備は完璧だ。
王宮は高い塀で囲まれていた。
前回は空中を飛んで逃げたから、門番と顔を合わせるのは初めてだ。もちろんアポは、昨日のうちに取ってある。
「やあ、約束の時間よりも少し早かったかな」
「ガルシアさんですね。話は聞いています。案内の者を呼んで来ますので、少しお待ちください」
しばらくすると、中からフード付きの黒いローブを着た赤毛の男が現れた。
「ガルシア様、どうぞ。部屋で魔法大臣がお待ちしています」
「悪いな。忙しいのに面会なんか頼んだりして……」
「ガルシア様なら、いつでも大歓迎ですよ。勇者候補生の訓練ではお世話になりました。おかげ様で、この短期間にもかかわらず、なんとか実戦で使えるまでになりました。国王陛下も喜んでおられます」
「別に、戦場に出すつもりで鍛えたんじゃない。どんな状況になっても、簡単には死なないようにしてやりたかっただけだ。……それと、忘れるなよ。あれは訓練じゃない。人生の先輩からのアドバイスってやつだ。ギルドの人間が軍隊に力を貸したら、ギルドマスターに叱られちまう」
赤毛の魔法使いは笑った。
「わかっていますよ。とにかくガルシア様は、王宮とギルドをつなぐ大切な方です。そのことは、ジェロンド様も高く評価しておられます」
最初は、深くかかわる気はなかった。
ガルシアはそう言っていた。
ただ、熱心に指導したのは本当らしい。
もともと、ガルシアは異世界人に親近感を持っていた。モンスター討伐の依頼を受けたのもそのせいだ。
合同作戦という名の訓練だと気づいた後も、ガルシアは手を抜かなかった。
情が移った……ということらしい。
魔法大臣の執務室は二階にあった。
コンコン。
赤毛の男が気取った動作でノックをする。
「ガルシア様をお連れしました」
「どうぞ、お入りください」
あの声だ。
俺は、初めて異世界に召喚された時のことを思い出した。
アプリを操作していたと思っていたら、急に気が遠くなって……目を開けた時には国王のいる広間で、軍隊に囲まれていた。そこで説明役を務めたのがジェロンドだ。
ジェロンドはこの計画の責任者だと言っていた。
俺はユニークスキルのおかげで逃げ出すことに成功したが、他の召喚者はまだ、奴らの手中にある。
俺はガルシアの演技を続けた。
「勝手に座らせてもらうぜ」
「どうぞ。王宮に出入りしている職人に、特別に作らせたソファーです。壊れたりはしないと思うので、ご心配なく」
俺はソファーに腰を下ろした。
思ったより沈む。たぶんクッションよりも、ガルシアの体重のせいだろう。
「……オレみたいな冒険者のために、貴重な時間を取らせて悪いな」
「いいえ、ガルシアさんは特別ですから。
あなたは王国全体でも五本の指に入る凄腕の魔法戦士です。我が軍でガルシアさんに匹敵するキャリアを持っているのは、魔法戦士大隊のレスター将軍くらいでしょう。優秀な人材の訪問なら、いつでも歓迎します」
ジェロンドは、指を組んでデスクに座っていた。
青い瞳がこちらを見ている。シルフィと同じ色だが、氷のように冷たい。
「内密の話なんだ。人払いをしてくれるか?」
「いいでしょう。……私はひとりで大丈夫だ。隣の部屋で待機していてくれ」
赤毛の魔法使いは深々と礼をしてから退出した。
この部屋のドアは厚い。よほど大きな声でなければ、会話は聞こえないはずだ。
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