協力者

 ガルシアは気持ちのいい男だった。

 一緒にいるだけで、まわりの雰囲気が友好的になる。デスリーとはえらい違いだ。


「そうだ、自己紹介がまだだったな。オレの名前はガルシアだ。Sランクパーティー『双頭のドラゴン』のリーダーをしている。この国の冒険者なら、聞いたことくらいはあるだろう」


「双頭のドラゴン?」

 リーリアがピクリと反応した。


 ヤバい。

 リーリアは、人間がドラゴンという言葉を勝手に使うのを嫌がる。このままだと、『コイツ、殺していい』とか。絶対に言う。

 俺は慌ててフォローした。


「もちろん知ってます。知らなかったらモグリですよ。でも俺は、ガルシアさんの名前の方が気になりますね。なんだか、異世界の人間っぽい名前なんで」


「……ほう、そこに気づくとは鋭いな。実は、オレのひい爺さんが異世界人だったらしいんだ。召喚されたんじゃなく、次元のナントカに迷いこんだって話だけどな。

 まあ、その爺さんも死んじまったから、今となってはウソか本当かもわからない。でもそのせいか、異世界人には、なんとなく親近感を感じるんだ」



 登録が終わると、俺たちはガルシアの案内で近くの食堂に行った。

 この世界では食堂と居酒場との区別があいまいだ。昼間から飲んだくれている客も多い。

 

「ここのリブステーキは絶品だぜ。まあ食ってみてくれ。今日はオレのオゴリだ。遠慮しないでくれ」


「悪いが、私は必要以上の厚意は受けないようにしているんだ。どういうわけか、面倒ごとになることが多いからな」


 シルフィが真顔で断った。

 まあ、これだけの美人に下心を持たない男がいたら逆に不思議だ。

 実際に『銀狼の牙』はそのせいで人間関係が崩壊している。俺だって、彼氏としては気苦労が絶えない。


「うん、まあ……言い寄る男も多いだろうからな。警戒するのもわかる。

 でも、それより前にオレたちは冒険者の仲間だ。男でも女でも、本気で戦ってる人間は好きだぜ。それにオレには心に決めた女がいるんだ。強くて、気高くて、凛々しくて……それなのに、はかなくて。あれだけの女は、どこにもいない」

 

「それって誰のことなんです?」


「異世界人だよ。シオリって名前だった」


 その名前を聞いた瞬間、俺はギュウっと胸を締めつけられるような気がした。


「詩織って、山口詩織のことですか?」


「なんだ。おまえ知ってるのか?」


「い、いや。その……俺も異世界人なんです。勇者候補生にもなれなかった半端者ですけど。向こうにいた頃、その人とは面識がありました」


「異世界人だって?」


「大きい声は出さないでください。召喚されたその場から、こっそり逃げて来たんですから。王都にいるだけでも冷や汗ものです」


「そうか。……それなら、教えてくれ。シオリのことなら何でも知りたい。

 あいつと会ったのは、モンスター討伐の合同作戦だった。軍隊とギルドは関わらない決まりだが、モンスターと戦う時だけは話が別だ。奴らにしてみれば、それを口実にオレを教育係に引きこむつもりだったんだろう。

 オレにしたって、才能のある若手をムダに死なせたくないしな。教えられることは教えた。優秀な奴が多かったが……その中でも、シオリは特別だったよ。才能もそうだが、学ぶ姿勢も真剣だった。

 聞いてくれよ。笑うだろう。……圧倒的に強くなれば、誰も殺さなくてすむ。だから強くなりたいって言うんだ。衝撃を受けたね。オレは今まで、そんなことは考えたこともなかった」


 ああ、委員長だ。

 俺は確信した。努力家で理想家。できないことにも絶望しない。

 いつも不思議だった。そんな強さをどうして持てるんだろう。


「委員長は、どれくらいの実力者だったんですか?」


「委員長? 何だそりゃ」


「ごめんなさい。肩書っていうか……まあ、あだ名みたいなもんです。一緒に通っていた学校の雑用係みたいなものなんですけど、彼女は嫌がらずにやっていました」


「ふうん、そうなのか。シオリらしいな。

 勇者候補生のステータスは秘密にされてたんだが、単純なステータスなら、オレを超えていたんじゃないかな。特に魔力は圧倒的だった。

 ただし戦い方は別だ。【魔法戦士】や【勇者】の技はすぐに身につく物じゃない。おまえも冒険者ならわかるだろう。ステータスでゴリ押しするなら、相手の何倍もの数値が必要だ。戦えばたぶん、今でもオレが勝つ。……もちろん、当分の間って限定付きだけどな。シオリが金の卵だってことは間違いない」


 チートでごめんなさい。

 俺は心の中で謝った。

 もちろん、まともなのはガルシアの方だ。ステータスで押し切ったり、【勇者】の技を盗んだり。どう考えたって俺の方が普通じゃない。


「シオリさんは、他にも何か言ってましたか」


「そう言えば、奴隷の友達のことをよく話していたな。ミオって名前だそうだ。妹みたいでかわいい。いつか絶対に解放する。……そう言ってた。

 あと、『サノくん』って異世界の友だちのことも聞いたな。一緒にこっちに来るはずだったのに、自分だけ異世界に残ったって話だ。シオリは笑ってたが、そんなクソ野郎、オレならぶち殺してやるところだ」


 げっ。

 俺は急に背筋が寒くなった。

 委員長が、名字で呼んでくれて助かった。バレたら、今頃ぶん殴られてる。


 ツンツン。

 袖を誰かが引いている。

 ラジョアか……いや、深くかぶった帽子の奥に赤い瞳が見える。カティアだ。


「ゴホッ。ごめん。喉に何かが引っかかった」

 俺は咳払いをしたついでに、こっそりカティアに顔を近づけた。


「どうした?」


「心を読みました。この人は信頼できます」


 俺は小さくうなずいてから、ガルシアに向き直った。

 なるほど。今の俺たちには協力者が必要だ。ギルドの有力者ならこれ以上はない。つまりは、そういうことだ。


「実は、委員長……シオリさんは、脅されているみたいなんです。ミオさんを人質に取られたせいで、戦場に行かされたって。内緒で手紙をもらいました」


 ガタガタッ。

 イスを引いてガルシアが立ち上がる。


「なんだって!」


 他の客が一斉に俺たちを見た。

 ビビるくらいの大声だ。

 俺は口の前に人差し指を立てた。


「……あ、ああ。ごめん。つい興奮した。冷静に話す」


「お願いします。どこに国王のスパイがいるかわかりません。

 最初に確認させてください。俺たちはシオリさんを救おうとしています。あなたも同じ気持ちだってことでいいですよね」


「当然だ。命をかけて誓う。……でも、シオリはもう、戦場に行っちまった。今から追いかけても間に合わないぞ」


「いいえ、そうでもないんです。詳しいことはまだ言えませんが、俺たちはそのために来ました。とりあえず今の目標はミオさんの救出です。協力してくれますか?」


「わかった。何でも言ってくれ。シオリのためなら、なんでもする。悪魔に魂を売ってもいい」


 ガルシアが力強くうなずいた。


 王宮や勇者候補生に詳しい人間を味方につける。

 それが王都での最初の目標だった。

 ガルシアは絶好の人材だ。思いがけない幸運に、俺は異世界に来てから初めて神様を信じる気になった。

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