ギルド本部

「えっと、俺ですか?」


「他に誰がいるんだ。兄ちゃんは『銀狼の牙』のメンバーだろう。

 冒険者なら誰だって知ってるぜ。ギルドでナンバーワンの金髪美人と言えば、シルフィだ。それでそこの、ちっこくて暗いのがラジョアだろう。なんだか、同じ言葉しか話さないとか……」


「失礼な筋肉ダルマだ。死ねばいい」


「そうそう、それだ。それ。一度言われてみたかったんだ。これで仲間にも自慢ができる。……知ってるか? ラジョアに死ねと言われると不死身になるってウワサがあるんだ。まあ、冒険者の好きなジンクスみたいなモンだな」


 ガルシアは上機嫌で近づいてきた。右手をすっと出す。

 あ、そうか。握手か。


「よろしくな。オレはガルシアだ。『銀狼の牙』のリーダーは赤毛だって聞いてたんだが、染めたのか?」


「いや、そうじゃなくて……」


 シルフィが俺の前に出た。

「私はもう『銀狼の牙』のメンバーじゃない。脱退したんだ。今は『疾風の銀鷲』のリーダーをしている」


「するってえと、コイツは誰だ?」


「私の初めての男だ。名前はショウヘイと言う」


「は、初めてだって……」

 ガルシアは絶句した。

 差し出した手も、いつに間にか引っこんでいる。


「ああ、初めて好きになった男だ。……それにしても、どうして驚くんだ。初恋は誰にでもあるものだろう。私はむしろ遅い方らしいぞ」


「あ、ああ。そうか。そういう意味か」


 ガルシアだけじゃない。

 俺の心臓もバクバクだ。これで本人には、全く自覚がないんだから驚く。 


「しばらくの間、王都のギルドにお世話になるつもりだ。よろしく頼む」


「……お、おう。こっちこそ、よろしくな。それにしても驚いたぜ。憧れのお姫様を射とめる男がいるなんてな。それで、そっちの銀髪の方の美人は誰なんだ?」


「リーリアよ。よろしく。……ところであなたって、私の大嫌いな筋肉バカに似てるんだけど、知り合いか何か?」


 うわわっ。

 ゾクっと鳥肌が立つ。シルフィも、たいがいだが。リーリアはリーリアで、まるで遠慮ってものを知らない。


「それって、もしかしてデスリーのことか?」


「うん、たしかそんな名前だったかもね。女を見ると片っ端から色目を使う嫌な奴。私も触られそうになったわ」


「あいつが失礼なことをしたなら謝る。……実は、オレのイトコなんだ。どうやら体を鍛えるだけで、脳ミソを鍛えることを忘れちまったらしい。筋肉を愛する男に悪人はいないってのがオレの持論なんだが、あいつだけは例外だ」


「まあ、別にいいわ。この前、半殺しにしてやったから。ショウヘイがダメって言わなかったら、本当に殺してたけどね」


 すました顔をしているが、これは本当だ。

 人間に化けたドラゴンだから感覚が全く違う。俺に復讐するためだけに、都市を丸ごと壊滅させようとしたくらいだ。


「はっはっは。面白いお嬢さんだ。驚いたぜ。あのデスリーを怖がらないなんて、たいしたもんだ。……よし。お近づきの印に、これからオレがウチのギルドを案内してやる。ついてこい」


 ガルシアは上機嫌に、俺たちを招いた。

 当然だが、リーリアの言葉なんて信じてもいない。本物のドラゴンなんだけど……まあ、別にいいか。知らぬが花だ。



 王都のギルド本部はザルフの支部よりもひと回りは大きかった。

 歴史も古いのだろう。使っている石材にも、何か風格があるように感じられる。

 建物の中に入るとすぐに、まわりから人が集まって来た。


「カッコ良かったぜ。スキッとした」


「ああいうのは、少し痛い目にあわせてやった方がいいんだ」


「それよりも、こいつらは誰なんだ。凄い美人が二人もいるじゃないか」


「まさか知らないのか? 有名人だぞ。金髪の方は『銀狼の牙』のシルフィだ。銀髪の方は……新人かな。おい、ガルシア。教えろよ」


 乱暴者で色ボケのイトコと違って、ガルシアは人気者らしい。

 ガルシアは冒険者たちを追い払うように手を振った。


「……おいおい、一度に話しかけないでくれ。オレは神様じゃないんだぜ。

 こいつらとは、オレもさっき会ったばかりだ。『疾風の銀鷲』っていう新しいパーティーのメンバーだそうだ。金髪のお姫様もこっちに移籍したらしい。しばらく王都にいるみたいだから、よろしく頼む。

 さあさあ、わかったら連中を少し放っておいてくれ。長旅で疲れてるんだ。王都の冒険者にそんな無神経な奴はいないよな」


 別に長旅じゃないけど。まだ半日も経ってないけど。

 でも、そのことは黙っておいた。せっかくの気づかいをムダにしたくない。


 まわりの冒険者を落ち着かせると、ガルシアは俺たちの方を向いた。


「さてと。とりあえず王都に来たんだから、滞在報告をしないとな。向こうにあるのが受付のカウンターだ。貧乳のエルフがいるから、すぐわかる」


「誰が貧乳ですか!」


 すぐそばにいたエルフが、ガルシアを怒鳴りつけた。

 ギルドの職員バッジをつけている。美人だとは思うが、確かに胸は控えめだ。


「おお、悪い。悪い。そこにいたか」


「そこにいたか……じゃ、ないです。さっきまで、押し寄せて来た人の対応をしてたんですよ。ガルシアさんだって見てたじゃないですか。

 それより素人相手に勝手に試験なんかして。ケガ人が出なかったからいいようなものの……後で、ギルドマスターに報告してもらいますよ」


「ああ、わかった。わかった。……でもな。ああいうクソ野郎どもは、あれくらいしないとわからないんだ。普段は危険な仕事だとかバカにしておいて、いざ本物の戦争がヤバくなると、ギルドに逃げこもうとする。そんな根性で冒険者が勤まるかってんだ。

 特に今回は、召喚者まで戦場に出てるんだぜ。異世界人にまで戦わせておいて、自分が逃げるとか。オレには神経が理解できないね」


「異世界人のことを知っているんですか?」

 俺は思わず、話に割りこんでしまった。


「……おっと、余計なことを言っちまった。このことは内緒だぜ。今は色々と微妙な時期だからな。それよりも、ここで仕事をするつもりなら、そのエルフの姉ちゃんに相談すればいい。王都の軍隊が出払ってるから、モンスター退治は冒険者の独壇場だ。いくらでも仕事はあるぜ」


「私からもお願いします。戦争だからって、モンスターは待ってくれませんからね。

 シルフィさんとラジョアさんの実力については私もウワサで知っています。一流の冒険者はいつでも大歓迎です」


「こっちの仕事の流儀については、オレが教えてやる。良かったら、オレのパーティーと合同で仕事をしないか。……そうだ。ギルドの登録が終わったら、メシでも食いに行こう。美味い店を知ってるんだ」

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