2 スキルの進化

スキルの進化

 スー、スー、スー。

 ソラが安らかな寝息を立てている。


 俺は右手に持ったスマホを寝ころんだまま高く持ち上げた。

 6時20分。朝食の時間は7時だから、もう少し寝かしておいても大丈夫だ。


「ミリア、少し話してもいいか。ソラを起こさないように、小さな声で頼む」


「ハイ、何でしょうか」


「教えてくれ。ソラのスキルに何か変化があったんだろう。今までは分岐した未来なんて見えなかったはずだ」


 さっき、ソラは俺の未来の可能性を二つ見たと言った。

 心を閉ざしてしまうか、魔王のように世界を征服しようとするか。『あやふや』といえば『あやふや』だが、見える物が増えたとも言える。


「ハイ、ユニークスキル【夢占い】がレベル2に進化しました。分岐の可能性が高い『不確定な未来』も夢で見ることができます。

 それに自分の意思で占うことも可能になりました。寝る前に占いたい人物に接触すればいいのです。ソラ様も、無意識にそのことに気づいているようです」

 

「ああ、そういうことか」


 そういえば昨日も、寝る前に甘えてギュッと抱きついてきた。

 ソラは鋭い。勇者候補生のパレードを見た後、俺の様子に何かを感じたんだろう。

 こうして眠っている今もまた、何かを占ってくれようとしているのかもしれない。


「スキルの進化は、マメにチェックしないとダメだな。委員長のメールにも気づかなかったくらいだし……俺って元々、性格がズボラなんだよな。他に、見落としてる通知とかあるか?」


「ハイ、昨日の午後2時35分に、ショウヘイ様のスキルが進化しています」


「えっ、そうだったのか」


「ハイ、既に通知音でお知らせしています。ユニークスキルに【外見偽装】が追加されました。このスキルを使えば、完璧に他人になりすますことができます」


「外見偽装? 変装みたいなものか」


「そう考えていただいても間違いではありません。ただし、バレる心配はほとんどありません。映画やアニメ並のチート能力です」


「でも、設定が面倒なんだろう」


「イイエ。本来なら鏡を見ながら細かく調整する必要がありますが、私と連動させれば簡単です。私のベースになっているスマホには、写真を撮る機能がついています。録音アプリを併用すれば、声まで完璧に設定することが可能です」


「す、すげえ……それなら、スパイ活動やり放題じゃないか」


「ただし、偽装中のステータスは偽装した相手のものと同じになります。偽装を解除しない限り、本来のステータスは使用できません」


「偽装している間は、ほとんど無力ってことか……でも、それなら。どうやって偽装を解除するんだ?」


「ハイ。解除したい場合は自分の名前を名乗ってください。それで【外見偽装】そのものが解除されて元に戻ります。この場合の効果は、ネタバレをした相手に限定されません」


「簡単に言えば覆面を外すみたいなもんだな」


「ハイ。再び【外見偽装】が必要になった場合は、もう一度やり直してください。他の【偽装スキル】とは違って、一度バレた相手にもスキルは有効です」


 このスキルは使える。

 間違いない。今回の作戦で一番大切なのは情報収集だ。うまくすれば、さっきの汚名だって返上できる。

 そう思ったら、すぐにでも試してみたくなった。


「スマホに画像データがあればいいんだよな」


「ハイ、この端末に保存されたデータであれば可能です」


 ミリアのことは、なるべく目立たないように注意してきた。

 だから写真を撮らせてもらったのもシルフィだけだ。いくら異世界でも、大切な彼女の写真くらいは持っていたい。


「じゃあ、シルフィで頼む」


「ハイ。それでは添付ファイルにシルフィ様の画像データを設定してから、実行ボタンをタップしてください。複数の写真や動画を設定すると、よりリアルになります」


 俺は、言われた通りに設定した。


 実行を選択すると、ブーンという低い音がする。


 俺の【偽装スキル】が世界に干渉する時の音だ。音が終わった時には、すでに現実は変更されている。【経歴偽装】の時もそうだった。


 ハラリ。

 首を動かした拍子に、何か光るものが目の上にかかった。

 髪の毛だ。それも輝くような金髪……シルフィの髪の色と同じだ。


「成功したのか……」


「ハイ。シルフィ様はデータが多いので、再現率は97パーセント以上になります。ホクロの位置でも確かめない限り、見分けることはまず不可能です」


 俺はゴクリとツバを飲みこんだ。

 ソラに気づかれないように、そおっと布団から抜け出す。

 立ち上がる時、俺はバランスを崩しそうになった。腰がやたらと軽くて、上半身が……特に胸が重い。まるで波打つように、少し遅れて反動が来る。


 俺はあわてて胸を押さえた。

 むにゅう。

 うわわっ。なんだ、この感触。


 視線を下に落として、俺は胸の位置を確認した。

 ゴクリ。

 寝る時は薄手のシャツを着ているから、乳首の位置までわかる。

 女性の胸って、こんな感じなのか……。


「落ち着け、落ち着け」


 そうだ。女性化したなら、アレも変わってるはずだ。


 俺は恐る恐る股間に手を伸ばした。

 やはり……なくなっている。


 スキルの効果だとわかっていても、男としてはやはりショックだった。


 大丈夫だ。すぐに元に戻る。今だけだ。 

 そうだ。いっそのこと、どうなっているか確認してやるか……。

 俺は下ばきを脱ごうと手をかけた。

 シルフィのウエストは、びっくりするほど細い。俺の下ばきは、ハリのあるヒップのところまでずり落ちて、かろうじて止まっている。このまま下ろせば、下着も一緒に脱げそうだ。


「別に、見たいからじゃないからな」


 俺は自分に言い聞かせた。

 これは、あくまで自分の【ユニークスキル】の調査だ。

 どこまで再現されてるかわからないと、イザという時に命取りになる。


 エロじゃない。断じてエロじゃない……。

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