カティアとソラ
「そんなわけないでしょう!」
突然、後ろから鋭い声がした。
ビクン。体がすくむ。
「いったい、何をしているのです」
カティアは眉を逆立てていた。
赤と緑。左右で違う瞳の色が、まるで燃えているように見える。
「いや、その。つまり話があって……」
「話というのは夜這いの相談ですか。知ってますよ。夜這いならノーカウントとか……バカらしい。心の声がダダ漏れです」
げっ。そうだ。カティアは心が読めるんだった。
カティアのユニークスキルは【真実の目】だ。彼女には隠し事は通用しない。
「私はショウヘイ殿のことを見損ないました。姫様も姫様です。こんなに小さな子どもの言うことを真に受けるなんて……」
「ちょっと待ってくれ。ソラの言葉はウソなのか?」
いやいや、そこじゃないだろ。
いい加減、慣れたつもりだったが。シルフィの天然ぶりは最強だ。
「ウソじゃないよ。隣に住んでたお姉ちゃんが言ってたもん。結婚前でも、夜這いなら事故だからいいんだって。昔からそうなんだ。むずかしい言葉だと『でんとうぶんか』って言うんだよ」
ソラが口を尖らせて言い返した。
まだ7歳になったばかりだが、こういう知識だけは一人前だ。
「私が言ってるのは、そういうことじゃなくて……ああ、ややこしい。
とにかく中止です。中止。まずはちゃんと服を着てから話をしましょう。言っておきますが、男を誘うような格好はダメですよ。二人とも昼間の服を着てください。
ショウヘイ殿もいいですね! 返事は!」
「ハ、ハイ!」
「わかったら、さっさとこの部屋から出て行ってください。私が姫様たちの服装を確かめます。準備ができたら呼びますから、ドアの外で立っていなさい」
こ、怖え。
まるで学校の先生だ。
そういえば、カティアはシルフィの家庭教師をしていたんだった。
滅亡した王国で、お姫様のシルフィを逃した家臣たちの中心人物だったらしい。その時に自分の肉体を失い、今は弟子のひとりだったラジョアの体を間借りしている。
コンコン。
さんざん待たされてから、中から合図があった。
「もういいですよ」
俺はようやく部屋に入ることができた。
女性たちはベッドに並んで座っている。カティアはその真ん中にいた。
身長は140センチもないだろう。中身はともかく外見は小柄な美少女だ。瞳の色のせいか、まるで精巧にできた人形みたいに見える。
「そこにあるイスに座ってください。話を聞きましょう」
俺は被告人のように膝をそろえて座ると、正直に今朝のことを話した。
どうせカティアには隠し事はできない。メールの全文は、そのままミリアに読み上げてもらった。
「つまり、その女性は、ショウヘイ殿に心を寄せていたわけですね」
「……でも、今は恋愛感情とかはないんだ。信じてくれ」
「無理をしなくてもいいですよ。甘酸っぱい思い出は誰にでもあるものです。
ただし、いいですね。これ以上、愛人を増やすのは認めません。リーリアさんだけでも面倒なのに……」
ひと通り説明すると、カティアが深く息をついた。
「なるほど。ようやく
「どういうことだ?」
「ショウヘイ殿は、あのタイミングで私が現れたのは偶然だと思っていますか?」
「えっ、偶然じゃなかったのか?」
「ソラちゃんが私を起こしたのです。怖い夢を見たそうで……わかりますね。
普通なら、なだめて寝かしつけるところですが、この子の場合には特別な意味があります。ユニークスキル【夢占い】が発動していたとすれば、彼女の夢はそのまま、未来に起こるべき現実の光景になります。……ソラちゃん。その夢のことを、みんなにも話してくれますか」
「うん、わかった」
ソラは、覚悟したようにうなずいた。
「あれはきっと戦争だよ。剣や槍を持った人がたくさんいて、旗がいっぱい立っていて。おたがいに殺し合ってるんだ。
そこにショウヘイお兄ちゃんが行って、『いいんちょう』って人を助けようとするんだけど……その人は目の前で殺されちゃうんだ。
お兄ちゃんはすごく泣いてた。それからすごく怒ってた。そのうち、体がドラゴンみたいに大きくなって、お空がパアっと光って……目を開けた時には、戦争してた人はみんな、いなくなってた。その光のせいで燃えちゃったんだ。ソラたちはドラゴンのお姉ちゃんが守ってくれたけど、他の人はぜんぶ死んじゃった。それで……」
ソラは俺のことをチラッと見た。
「それから、ショウヘイお兄ちゃんが、お兄ちゃんじゃなくなった」
「どういうことだ?」
カティアが、ソラの肩を抱いた。
「ここからは、私が話します。ソラちゃん、ありがとう。
さっき聞いた話をまとめると、ショウヘイ殿は、ショックで心を壊してしまったのだと思います。目の前にいた、おそらく数万人もの人間を虐殺してしまった罪に耐えられなかったんでしょう。
その後は、ふたつの未来を見たと言っていました。
ひとつは、ステータスが高すぎるために死ぬこともできずに、廃人となったまま永遠に苦しむ未来。そしてもうひとつは……」
「ぜったいに魔王になっちゃダメだよ。ショウヘイは、優しいお兄ちゃんじゃなくちゃ嫌だよ。
もうひとつの夢のショウヘイは、魔王になって世界を征服するんだ。
悪い王様になって、ハーレムを作って。それで、それで……ソラやカティアのことなんか忘れちゃって、お城から追い出すんだ」
ソラは目にいっぱい涙をためていた。
わかってる。これは嘘じゃない。少なくとも、可能性のある未来だ。
ソラの見た予知夢は、未来を知る者の行動によって変えることができる。だが、変えようとしなければ、必ず現実になる。
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