シルフィとリーリア

 色々と吐き出したせいで、少しだけ落ち着いた。


 でももう、じっとしてはいられない。

 完全に目が醒めてしまった。一刻も早く委員長を追いかけたい。


 いっそのこと、ひとりで出ていくか……いや、ダメだ。

 頭の中にいくつもの顔が浮かんだ。

 俺には仲間がいる。俺のことを、好きでいてくれる人がいる。

 まずは、パーティーのみんなに相談しよう。委員長のことはそれからだ。


 まだ日の出前だったが、行動せずにはいられなかった。

 迷惑なのは承知で俺は自分の部屋を出た。真っ先にカティアの意見を聞きたいところだったが、この時間に同室のソラまで起こすのは気が引ける。まずはシルフィとリーリアの部屋だ。


 コンコン。

 俺はためらいがちにドアをノックした。

「悪い。まだ寝てるよな」


「えっ、あっ。ショウヘイか?」

 少しして、驚いたようなシルフィの声が返ってきた。


 シルフィは俺にできた初めての彼女だ。

 金髪碧眼のびっくりするような美人で、優秀な魔法戦士でもある。

 ちょっとズレているところもあるが、それも魅力のひとつだ。何よりも俺のことをいつもまっすぐに見てくれている。


「どうしても眠れないんだ。入ってもいいか?」


「え、そんな……ちょっと待ってくれ。このままじゃ嫌だ。少しだけ時間をくれ」


「わかった。ごめん……準備ができるまで待ってる」


 そりゃあ、まあ。そうだよな。

 俺は反省した。いきなり女性の寝室に行ったんだ。デリカシーがないって言われても仕方がない。


「ああ、もう。めんどくさい。別に格好なんてどうでもいいと思うけど、シルフィちゃんが言うなら仕方ないわ。私も人間の習慣に従ってあげる」


 続けて別の女性……リーリアの声もした。

 実は彼女は人間じゃない。自分のスキルで人間に偽装したドラゴンだ。

 うっかり戦闘で倒してしまったせいで、俺に懐いてしまった。ドラゴンの世界では、自分を倒したオスには生涯、従わなければならないなしい。


 俺はスマホを見ながら時間をつぶすことにした。

 もちろん遊びじゃない。これから大事な話をするんだ。どうせなら、必要な情報を検索しておいた方がいい。


「ミリア、今回の戦争のことで、わかっていることを教えてくれ」


「ハイ、現在この『エミリア王国』と戦争をしている相手の正式名称は『ダルシスタン帝国』と言います。人口は約2000万人、王国側の約3倍です。国土は約7倍、砂漠地帯も含まれていますが、経済規模は5倍以上だと推測されています」


「なんだそれ、圧倒的に不利じゃないか」


「ハイ、国力に差がありますから、長期戦では本来、勝ち目がありません。

 しかし、王国は5年近くの間、ほぼ互角の戦いをしています」


「どうしてだ?」


「戦場に【魔法戦士】を大量に投入しているからです。王国の『魔法騎士団』は戦争の当初、あらゆる戦場で勝利を収めました。ただし、最近は帝国側も同様の部隊を編成しているので、その効果は薄れています。

 『勇者召喚プログラム』も、その対策の一環です。前回の召喚で集められた戦士たちはすでに戦場に投入され、大きな戦果を上げています」


「でも、そんな状況なら……」

 俺は心配になった。


「シルフィは【魔法戦士】だろう。ムリヤリ召集されたりしないのか?」


「イイエ、ギルドは王権とは独立しています。モンスターの襲来でもない限り、国王がギルドの構成員に手を出すことはできません」


「……だとすると、ギルドと国王で【魔法戦士】の取り合いだな」


「ハイ。強引な徴兵こそありませんが、合法的な引き抜きはかなり活発です。戦争が始まってから、ギルドに所属する【魔法戦士】は15パーセント以上減少したという調査結果もあります」



 コンコン。

 内側から、ノックする音がした。


「ショウヘイ、準備ができた。入ってくれ。ただし、ゆっくり十まで数えてからだ。いいな、ちゃんと数えるんだぞ」


「わかった。十まで数えればいいんだな。1、2、3、4……」


 俺はシルフィの言葉に従った。

 よくわからないが、何か都合があるんだろう。

 迷惑をかけているのはコッチだから、言う通りにするしかない。


「……9、10。数え終わったぞ。入るからな」


 ガチャリ。ドアを開けると、中はまだ暗かった。

 携帯用の燭台を上にかざすようにして、部屋の中を照らす。


 なんだ、なんでまた寝てるんだ?

 シルフィとリーリアは並んで布団に入っていた。首から上だけを出している。

 この宿屋のベッドは全てダブルサイズだ。ツインの部屋というのはない。


「話があるんだ。布団から出てきてくれないか」


「えっ? それは困る。ショウヘイがこっちに来てくれ」


「どうしてだ」


 シルフィが急に口ごもった。

「だってその……夜這いに来てくれたんだろう。女は眠ったふりをして待っているものだ。そういう作法だと聞いている」


 げっ、なんか思いっきり誤解されてる。

 そもそも夜じゃないし。早朝だし。あと二時間ちょっとで夜が明ける。


「さあ、さっさと始めちゃっていいわよ。私はシルフィちゃんの後でいいから。その代わり、たっぷりと楽しませてね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


「……ずっと待っていたんだ。はしたない想像に、体の芯が熱くなることもあった。そんな女は嫌いだろうか」


「き、嫌いなわけないだろう。でもカティアの前で約束したじゃないか。結婚するまでは、その……そういうことはしないって」


「ソラの話だと、夜這いはノーカウントらしい。他にも色々と教えてくれた。初めてだと下着を脱がすのが大変だから、脱いでおいた方がいいそうだ」


 えっ、なんだ。そうすると……。

 鼻血が出そうになって、俺は思わず手で押さえた。

 布団の上に、小さな布がたたんで置いてある。それも二人分。間違いなく下着だ。


「待て、待て。待ってくれ」

 言葉とは反対に、体が引き寄せられていく。


 夜這いはノーカウント。

 ゴクリ。勝手に喉が鳴る。

 夜這いはノーカウント。ノーカウント……。


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