1 パーティーの仲間

ミリア

 そのメールに気づいたのは早朝の、まだ薄暗い時間帯だった。

 なんだこれ、故障か?


 スマホを見ると、1件の未読メールが表示されている。


「ミリア。なんだ、これ?」


 俺はスマホに話しかけた。

 別に、頭がおかしくなったわけじゃない。

 ミリアは俺のスマホに宿る『人工精霊』だ。

 かなりの優れもので、会話も普通にできる。色々とツッコミどころはあるが、携帯端末に内臓されたAIみたいな物だと思えば間違いない。


「ハイ、最新のメールです。午前0時2分に着信しました」


「そんなこと見ればわかる。……って言うか、誰からなんだ? 異世界でメールが届くなんて、あるわけないだろう」


「メールを開けば画面に表示されます。音声ガイドが必要ですか?」


 チッ。もっともだと思ったが、なにか腹が立つ。

 俺は画面を開いた。


「まさか、委員長か……」


 送信者のニックネームが表示された瞬間、俺は自分の目を疑った。

 もちろん忘れるわけがない。

 本名は山口詩織。一緒に異世界に召喚されたクラス委員長だ。

 美人で優等生、オマケにスポーツ万能。副委員長だった俺は……ヒロインの陰にいるモブキャラみたいな存在だった。


 俺はふと、これまでに起きたことを思い出した。

 全ての始まりは、怪しいスマホアプリ『勇者募集中!』をプレイしたことだった。

 人間が消える。そんな都市伝説があるゲームアプリ。スマホに表示された時に、たまたま委員長と一緒にいた俺は、ちょっとした好奇心からゲームの開始ボタンをタップしてしまった。


 インチキを暴いてやる。

 そんな気分は、あっという間に消えた。スマホを手に持ったまま、俺たちは本当に異世界に召喚されてしまった。


 それから色々あって……王宮から逃亡した俺は、チートスキル【経歴偽装】で召喚された事実そのものをゴマかすことに成功した。だから委員長は、俺がまだ向こうの世界にいるものと思いこんでいる。


 俺はむさぼるようにメールを読んだ。

 委員長だ。間違いない。使っている絵文字でわかる。

 でもそれだけじゃない。文章からも感情が伝わってくる。クソ真面目なお人好し。こんなこと書くのは委員長しかいない。


「くそっ、戦争ってなんだよ。最悪じゃないか……」


 グチっていても仕方がない。

 俺はすぐに返信文を入力した。


『信じられないかもしれないけど、俺もこの世界にいるんだ。必ず助けに行く。だから、どこにいるか教えてくれ』


 送信……だが、反応がない。

 ブーブーブー。やがて、ようやく表示されたのはエラーメッセージだった。


「おい、ミリア。壊れているんじゃないか。送信できないぞ」


「イイエ、通信機能は正常です。ただ、近くに受信可能なスマホがないだけです」


「そんなわけあるか。委員長からはメールが来たんだぞ。委員長は……」


 そうか。

 俺はハッと気づいた。最初のメールの着信からもう、4時間以上も経っている。


「まさか、移動したのか……」


「ハイ、その可能性が大きいと考えられます。

 この世界にはスマホ用のアンテナはありません。この端末で通信できる距離は、ショウヘ様のレベルに比例しています。現在は半径188メートルですから、圏外だとすれば、それよりも遠くに移動したものと思われます」


「でも、メールがあったのは深夜だぞ。こんな時間に移動なんかするか?」


「特殊部隊の移動が深夜になることは珍しくありません。もともと、勇者候補生の訓練期間は3か月の予定でした。ひと月も経たないうちに戦場に投入するのは、よほどの異常事態が発生したと考えるべきです」


「戦局が、それだけ悪くなったってことか」


「ハイ。ただしこれは、あくまでも推測です。正確な情報を入手するためには、軍事機密を知る人物に接触する必要があります」


「……くそっ、どうしてたたき起こしてくれなかったんだ」


 俺は強烈に後悔した。すぐに気づいていれば返信できたはずだ。


「ショウヘイ様は私をスリープモードに設定していました。設定を無効にすることは、私にはできません」


 もちろんわかってる。

 こんなことなら広場で見かけた時、俺からメールをしておけばよかった。

 委員長に本当のことを話せば、俺の【偽装スキル】も解除される。どうしようかと考えているうちに、俺は千載一遇のチャンスを失ってしまった。

  

「どうすればいい。ミリア、俺はどうすればいいんだ」


「私は将来の行動に関する質問には答えられません」


「将来じゃない。今のことだ。このままだと委員長が戦争に行かされる。そうしたらたぶん、委員長が壊れちまう」


「私は仮定の質問には答えられません」


「そんなことわかってるよ! この、役立たず。偉そうにいちいち反応するな!」


 俺はスマホを怒鳴りつけた。

 逆ギレだ。わかってる。ミリアに罪はない。


 俺はすうっと深く息を吸った。肺をふくらませてから、ふうっと吐く。大丈夫だ。これで少しは落ち着いた。


「……悪かった。混乱してた。ちゃんと自分で考える」


「イイエ、私に謝罪は必要ありません。アイテムは使用者が使うタダの道具です」


「俺が謝りたいんだ。ごめん。これじゃ恩知らずもいいところだ。こっちに来てから、助けてもらってばかりなのにな。

 俺にとっておまえは、タダの道具じゃない。ひとりぼっちの世界で俺を救ってくれた大切なパートナーなんだ。だから、ひと言くらい謝らせてくれ」


「私には謝罪を受け止める機能がありません」


「いいんだよ。俺が勝手に言っただけだから……。ミリア、頼りにしてるぜ。これからもよろしくな」


「ハイ。私はあなたの『人工精霊』です。これからも、ずっとショウヘイ様のためだけに働きます」


 ミリアは嬉しそうだった。

 そう感じたのは俺の錯覚だっただろうか。


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