大賢者ダルム

 その孤児院は、交易都市シーリンの北の端にあった。

 決して立派ではないが、壁や窓に壊れたところはない。

 ソニアの話だと、近くに住んでいる職人が定期的に修理をしてくれるらしい。大賢者ダルムへの信仰に近い想いが、この孤児院を守っている。


「ダルムってのは、すごい人だよな」

 俺はしみじみと、そう思った。

 思わず口に出ていたんだろう。リーリアが不思議そうな顔をする。


「どうして? そんな昔の人間より、ショウヘイの方がずっと強いじゃない」


「いや、だからさ。俺のスキルは、結局は『パクリ』だろう。パクれるってことは、オリジナルがあるってことなんだ。

 俺が【大賢者】で使える最大ステータスも、ダルムの物らしいぜ。それにギガヒーリングを使うと、それがどんなに複雑ですごい魔法かわかるんだ。たぶん、編み出すまでに相当の苦労があったんだろう。また、すぐ忘れちゃうけどな」


「ふうん。まあ、勇者の【ギガブレイク】もそうなのかもね。あれで殺されたの、私の若い方のオジサンよ。人間にちょっかい出して殺されたんじゃ、笑い話にもなりゃしない。

 だからショウヘイが使った時はビビったわ。衝撃が走った感じ。もしかしたら、あの時に恋に落ちちゃったのかもね」


 建物の中に入ると、そこはすぐに広間になっていた。


「お姉ちゃん、お帰り」


「その人たちは誰?」


「うわぁ、キレイ。あの女の人、まるでお姫様みたい」


 元気のいい子どもたちだ。

 ただ、よく見ると誰もが何かを失っている。

 足や腕、それに顔にある大きな傷。奴隷に売る価値もない、異世界では死ぬしかない人間がここでは明るい笑顔で生活している。


「ホラホラ、とりあえずこれ食え。自己紹介は後だ」


 俺は途中の道端で買ってきたオレンジを、子どもたちに向かって投げた。

 うわあ。歓声を上げて果物に飛びつく。


「子どもたちは、ここにいるだけか?」


「いいえ、寝たきりの子もいるけど……」


「それじゃあ、そこに案内してくれ。ちょこっと呪文を使えば、すぐに歩けるくらいにはなる。実はここの子どもたち全員にとっておきのプレゼントがあるんだ」


 俺はスマホをいじって【大賢者】になった。

 正体がバレても構わない。どうせ【経歴偽装】で俺に関する記憶は消してしまうつもりだった。


 明日になれば、誰も俺のことなんか覚えていない。

 でも、今だけは子どもたちを純粋に楽しませてやりたかった。

 本音を言えば感謝もしてほしい。一緒に喜んでほしい。それくらいの俗っぽさは許されるだろう。


「さあて、みんな集まったな。俺は『世紀の奇術師』、『異世界から来た男』、ミスターショウヘイだ。ここでとっておきのマジックを見せてやろう!」


「えっ、本当?」


「うわぁ、見たい見たい」


 パチパチパチ。小さな手から拍手が生まれる。


「まずはソニアお姉ちゃんだ。さあ、腕を出してごらん。みんな、お姉ちゃんのケガのことは知ってるだろう。それが……あら不思議、3つ数えるとこの腕が、生まれたままの姿に元どおり。さあ、ご注目。ワン、ツー、スリー!」


 ギガヒーリング。

 俺は心の中で小さく唱えた。


 パアァア。

 腕が光に包まれる。

 そして光が消えた時には、ソニアの腕には美しい手がついていた。


「えっ、えっと。これって、どういうことですか?」


「だから手品ですよ。手を動かしてみてください。足も治っていると思いますから、ジャンプもしてみたらどうです?」


 ソニアはキツネにつままれたような表情のまま、ピョンピョンとはねた。

 子どもの拍手が鳴り響く。


「すごいすごい」


「わあぁあ、まるで本物の魔法みたい」


「あんまり長く手をたたいてると、痛くなるぞ。さあ、次はみんなの番だ。順番に並んで、並んで。体の悪いところをみんなに見せてくれ」


「うん! ボクはここ。目が片方だけないんだ。でも、ひとつあるから平気だよ」


「眼帯は外した方がいいな。……よし。ワン、ツー、スリー!」


「ああー、見える見える! ソニアお姉ちゃんも見える」


 大盛り上がりだ。

 次はわたし、次はボク。子どもたちはキャッキャと騒ぎながら、争うように並ぶ。


「これは、夢ですか?」

 ソニアはまだ、手を動かしていた。


「ええ、たぶんね。夢が覚めたら、このことは忘れています。でも、ソラは本物ですよ。これからは、いつだって会えます」


 全員の治療が終わると、俺はスマホに書きこんだ。


『大賢者ダルムにそっくりの男が、いきなり孤児院を訪問して子どもたちとソニアを治療する。男は何も言わずに去る。俺はまだ、ソニアには会っていない』


「ミリア、これでどうだ?」


「ハイ、ただし【経歴偽装】の条件を満たすためにはショウヘイ様がこの建物から出る必要があります」


「わかってるよ。……ソラ、いいな。お姉ちゃんには俺のユニークスキルのことは秘密だ。俺は最初からいなかったことにしてくれ」


「どうして?」


「このスキルはチートすぎるんだ。知ってる人間が多くなると、悪い奴に狙われるかもしれない。お姉ちゃんだって危なくなる。

 ソニアたちが急に大賢者に会ったとか言い出すから、適当に話を合わせてくれよ。みんなも頼む」


「うん、わかった。わかったよ。ショウヘイの【インチキスキル】のことは、ゼッタイに誰にも言わない」


 今までソラが言った俺に関係する話も、ソニアの記憶からはすっぽりと消える。

 自分からネタバレしない限り、スキルは有効だ。


 俺はトイレに行くふりをして、孤児院から出た。


「ミリア、やってくれ」


 ブーンと低い音がした。

 それで俺の人助けの記憶は、みんな大賢者ダルムのものになった。

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