夢の再会
日が暮れかけた頃、俺は足を引きずって歩いている女性に気づいた。
右手に小さな草花を持っている。
黒髪に黒い瞳。ソラが言っていた特徴と一致している。
「ショウヘイ、あれ……」
「黙ってろ。あとをつけるぞ」
ずっ、ずっ。その女性は時間をかけて、ゆっくりと銅像へ向かっていた。
若い。たぶん俺くらいだ。
灰色の服は清潔だったが、あちこちに
彼女はダルムの像の前でひざまずいた。
持っていた草花を置く。
「ミリア、何を言っているかわかるか」
「ハイ、音声を拡大します」
「……ソラ、ソラ。どうか元気でいて。慈悲深き英雄ダルム様。私はどうなっても構いません。せめて妹を、ソラを。あのスラム街から出してあげてください」
間違いない。ソラの姉、ソニアだ。
俺が動くより先に、ソラが彼女のそばに駆け出していた。
「お姉ちゃん」
「えっ、なに? どうして」
「お姉ちゃん……」
「ソラ、ソラなの?」
ソラは泣き出した。
小さな手で姉にしがみついている。
いくら大人びていても、まだ七つだ。わんわんと大声で泣く。
「あなた方は……」
ソニアは、カティアとシルフィにも気づいたようだった。
「ソラちゃんの友だちです。……いいえ、仲間と言った方がいいかもしれませんね。今日はソラちゃんに連れられて、あなたに会いに来ました」
「め、目の紅いのはカティアだよ。金髪のほうはシルフィ。あと、あと……」
「ソラ、話すか泣くか、どちらかにしなさい」
ソラはグスンと鼻を鳴らした。俺たちの方を指さす。
「あと、あっちのお兄ちゃんはショウヘイ。すごく強いんだ。となりはドラゴンのお姉ちゃん。リーリアっていうんだ。空を飛ぶと、すっごく速いんだよ」
「ほらほら、落ち着いて……。ありがとうございます。ソラの面倒をみてくれたんですね。このご恩は、一生かかっても返します」
「お姉ちゃん……お母さんが死んじゃったんだ。ずっと、お姉ちゃんの名前を呼んでたよ。お葬式はできなかったけど、ちゃんとソラがお祈りしたから、だいじょうぶ。きっと天国にいるよ」
「ごめんね。ごめんね。ごめんね」
ソニアは、ソラをしっかりと抱いた。
その時、俺は彼女に左の手首がないことに気づいた。
腕の先が丸くなっている。
「お姉ちゃん、ソラとの約束を守れなかった。お姉ちゃん、頑張ったんだけど、ダメだった。
冒険者の見習いになって、最初の戦いでパーティーが全滅したの。その時に足と手をやられて……命だけはとりとめたけど、もう冒険者はできなくなっちゃった。迎えに行くとか言って……みんな、ウソになっちゃったね」
「ウソじゃないよ。会えたんだもん。ウソじゃないよ」
そのままソラは、また、ソニアの胸で泣いた。
なんだ、これ……。
不意に、俺は頬を流れる冷たい感触に気づいた。唇をなめると塩からい味がする。
ああ、そうか。もらい泣きか。気がつくと、仲間のみんなも泣いている。
「今は、どうしているんですか。その体では、働くのも大変でしょう」
カティアが静かに聞いた。
「この街の孤児院で、下働きみたいなことをしています。院長先生が優しい人で、こんな私を拾ってくれたんです。
この街はダルム様のおかげで、寄付をしてくれる方も多いんです。孤児院の経営はカツカツですが、なんとか毎日、食べさせてもらっています」
ふと、俺は思いついた。
「そうだ。それならいっそ、俺たちと一緒に来ませんか。実は冒険者のパーティーを作ったんです。戦闘とかじゃなくても、ちょっとした手伝いをしてくれれば構いません。その方が、ソラも喜ぶと思います」
俺の申し出に、ソニアはゆっくりと首を振った。
「私なんか、足手まといになるだけです。ソラの人生の重荷になりたくはありません。それに……私は、孤児院で働くことに誇りを持っているんです。
生まれつきだったりとか、戦争とか、モンスターとか。孤児院には、自分だけでは生きられないような障害を持った子どもたちが大勢います。私もそのひとりなんですけど……今は、その子たちと一緒にいるだけで幸せなんです」
ポン。カティアが俺の背中をたたいた。
ああ、そうだった。軽い思いつきで言うことじゃない。
カティアとラジョアのこともそうだった。みんな事情があって生きている。
「お姉ちゃん、ショウヘイはすごいんだよ。手とか足とかが無くなった人だって、元どおりにできるんだ。ギガヒーリングって言うんだって。お姉ちゃんも治してもらったらいいよ」
「ギガヒーリング?」
ソニアは目を丸くした。
「あれは、大賢者ダルム様にしか使えなかった究極魔法なのよ。今はもう、誰も使う人がいないはずだわ」
「ショウヘイは、【インチキスキル】で、どんな魔法も使えるんだ。おっきくなってドラゴンと戦ったり、見えなくなる魔法を使ったりもするんだよ」
ソラがドヤ顔で胸を張った。
いや、チートなのは否定しないけど。ここはせめて【偽装スキル】と言ってくれ。
「この子は、どうかしてしまったんでしょうか……」
ソニアは不安そうに俺の目を見た。
まあ、それはそうだろう。それが正常な反応だ。
「ソラは正直な、いい子ですよ。ここで立ち話もなんですから、俺たちを孤児院に案内してください。詳しいことは、そこでお話しします」
「ご、ごめんなさい。そうでしたね。失礼しました。院長先生は外出中ですが、お茶くらいはお出しします。どうぞ、私についてきてください」
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