13 ソラの願い

ソラの願い

 その日はどっぷりと眠ってしまった。

 ギルドマスターとの面会、スタンピードの阻止、ドラゴンとの格闘、そしてその後の修羅場……。たった一日で、これだけのことが起きたなんて信じられない。


 オマケにムチャクチャ、レベルアップした。


 今の俺の本当のステータスは『【異世界の戦士】レベル297、体力29420、攻撃力25942、魔力36003』だそうだ。

 あまりにインフレしすぎて、もう何がなんだかわからない。


 ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ。

 体が揺れる。俺を誰かが揺すっている。


「ショウヘイ、ショウヘイ、ショウヘイお兄ちゃん……」

 ああ、そうか。ソラか。

 でも、どうしたんだ。昨日から、部屋が別々になったはずだ。


 パーティーのメンバーが増えたから、俺たちはもうひと部屋、借りることになった。

 新しく仲間に加わったリーリアはシルフィと同室。ラジョアとソラが一緒で、俺はひとりだ。


「ショウヘイお兄ちゃん、見たよ。夢に出たんだ。お姉ちゃんがいるところがわかった」


「おっ、そうか。やったな」


 一気に目が覚めた。

 俺はガバッとベッドから飛び起きて、ソラを抱きしめた。


「お兄ちゃん、痛いよ」


「あっ、ごめん。ごめん」


 久しぶりに心がおどるようなニュースだ。

 もちろんソラだけじゃなかった。まわりを見ると、仲間の全員がベッドの前に集合している。


「それで、どこにいるんだ?」


「そのことについては私が説明します」

 カティアがゆっくりと言った。


「夢の中に、円形の広場が出てきたそうです。帽子をかぶった銅像というのは、勇者パーティーの魔法使い『ダルム』のことでしょう。その像に、ソラちゃんのお姉さんは祈りを捧げていたそうです。ダルムが神様のように信仰されている都市と言えば、彼の故郷である『シーリン』に違いありません」


「それって、遠いのか?」


「私が地図を持っています。馬なら一週間というところですが、飛んで行けば、それほどかからないはずです」


「じゃあ、すぐに出発しよう。ミリア、今は何時だ?」


「ハイ、現在時刻は午前8時20分です。【大賢者】の飛行魔法を使えば、約二時間で『シーリン』に到着できます」


「よし、今日中に往復できるな。……問題は誰を連れて行くかだ。

 ソラは決まりとして、カティアの知恵も借りたいな。シルフィとリーリアは、留守番してもらってもいいか」


 【大賢者】の魔法なら人間を空輸できるが、一度に三人はキツい。

 特に長時間のフライトともなれば、ちょっとした油断が事故につながる。ここは無理をする場面じゃない。


「置いて行かれるなんて嫌よ。それに忘れてない? 私も自分の力だけで飛べるのよ」


 確かにリーリアなら、人間の姿のままでも飛べる。

 魔法は使えないが、彼女には圧倒的な魔力がある。俺を除けば、ほぼ最強だろう。


「それはわかってるさ。でも、ひとりだけ置いて行くわけにもいかないだろう」


「ショウヘイ、私のことなら気にしないでくれ。留守を守るのも妻の役目だ。私はショウヘイの良い妻になりたい」


「ふん……そういうことなら特別に、私の背中に乗せて行ってあげてもいいわ。ドラゴンの背中なら、みんなまとめて乗れるわよ」


「でも、あの姿は目立つだろう。目撃されたら、それこそパニックになるぞ」


「ステルス……」

 カティアがつぶやいた。


「いま、思いつきました。【大賢者】の究極魔法『ステルス』なら、ドラゴンの姿を隠したまま飛べるのではないですか」


 そうだ。それを忘れてた。

 確か、最初にリーリアと戦った後だった。こっそり服を取りに行くために、ステルスを使った覚えがある。

 あれを使うと誰からも見えない。というか、誰からも意識されない。

 ドラゴンが目の前を通っても、何かを見たという記憶すら残らないはずだ。


「ソラもドラゴンに乗ってみたい。ショウヘイ、いいでしょ。ドラゴンに乗ってお姉ちゃんを迎えに行くんだ」


「まったく……テーマパークのアトラクションじゃないんだぞ」


「てんまぱんつの、あとだくちょん?」


「ああ、そうか。悪かった。この世界にはない言葉だよな」


「ふふふ。ソラちゃんが目を輝かすのも当然ですよ。そんな経験、滅多にできませんからね。ラジョアだって喜ぶでしょう」


「私だって乗ってみたい。ドラゴンは冒険者の最も恐ろしい敵であり、憧れだ。戦士としてこれ以上の栄誉はない」


「最後のシルフィちゃんの言葉、屈服させられたみたいで嫌なんですけど……まあ、ケンカしても仕方ないから許すわ。

 どうせこの人が正妻で、私が愛人になるんでしょう。これからは人間として暮らすんだから。そういう相手とは、うまくやらなくちゃね」


 リーリアは俺以外の仲間には、みんな『ちゃん』づけだ。

 誇り高いドラゴンからすれば、人間なんてみんな同じらしい。


 服だけ着替えると、俺は朝食を食べる時間も惜しんで外へ出た。

 例によって城門には早朝から列ができていたが、ギルドマスターがくれた通行証があるから、俺たちはフリーパスだ。


 城門を出ると、俺はまず【大賢者】に偽装した。

 それから人気のない場所を選び、リーリアにステルスの魔法をかける。


「えっ、リーリアは。リーリアはどこ?」


 ソラが、不思議そうにキョロキョロとした。

 術者にとっては何も変化がないが、これでまわりの人間はもう、リーリアを知覚できない。


「リーリア、みんなを触ってくれ。この魔法も偽装の一種だ。自分から触れば、その相手にだけは魔法が解ける」


「うわっ、リーリアだ。どこに行ってたの」


「なるほど、こういう仕掛けだったのですね。魔法とは奥深いものです」


「ひ、ひゃっあ。いきなり、そんなとこ……」

 シルフィがいきなり驚いたような声を出した。胸を触られたんだろう。両腕で胸を隠すようにして座りこむ。


「へえ、いいモノ持ってるじゃない。大きいだけじゃなくて、感度もいいのね」


「シルフィで遊ぶな。さっさとドラゴンになってくれ」


「はーい。その前に裸になるから、服をお願いね」


 リーリアはいきなり脱ぎ始めた。

 髪留めを取って首を振ると、銀色の髪がふわっと開いた。上着のボタンを外し、脱ぎ捨てる。スカートを落とすと、リーリアはあっという間に下着だけになった。


「お、おい待て。どうして脱ぐんだ」


「当然でしょう。ドラゴンになったら、服が破れちゃうわ」


「それはそうだけど……こんなところで脱がなくてもいいだろう」


「どうして? もし誰かが通りがかっても、魔法で見えないし。あなた以外はみんなメスでしょう。見られて恥ずかしい相手なんていないわ」


「だから、俺が恥ずかしいんだ」


「ふうん。私のこと、あんなにメチャクチャにしたのに……」


 俺はドキッとした。

 そんな覚えはない……とは言えない。ちょっと意味は違うが、裸で格闘したことは事実だ。


「もういい、後ろを向いてるから好きにしてくれ」


「ふふっ、かわいい」

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