ドラゴンの逆鱗
後ろを向いていると、空から何かが降ってきた。
パサッ。布のような物が顔にかかる。俺はそれを無意識に手に取った。
なんだこれ、穴が空いてる……。
「それ、一番大事なやつだから。ショウヘイが持ってて。私がドラゴンでいる間に寂しくなったら、オカズにしてもいいわよ」
うわっ、えっ、どわっ!
ど、どうしよう。これは、つまり。スカートの下にはくアレだ。
あっ、いいところにシルフィが来た。預かってもらおう。
そう思ったが、彼女の反応は俺の想像のはるか斜め上をいっていた。
「ショウヘイ、私のも欲しいか?」
「へっ?」
「欲しいのなら私も脱ぐ。少し下のほうが涼しくなるが、鍛えているから大丈夫だ。
朝食も、まだなんだろう。そんな物がオカズになるとは知らなかったが、ショウヘイにはたくさん食べて元気になってもらいたい」
いやいやいや。確かに元気にはなるだろうけど。ちょっと意味が違う。
なんとかゴマ化して、リーリアの下着を押しつけて……振り返った時にはもう、巨大なドラゴンが大地に『伏せ』の姿勢をとっていた。
「さあ、早く。みんな乗ってちょうだい。ウロコをゴムみたいに柔らかくしておいたから、つかんで登れるわよ。ただし首筋に一枚だけ、逆さに生えているピンク色のうろこがあるから気をつけてね。そのウロコは竜族の急所なの。触ったらどうなっちゃうか、保証はできないわよ」
「なんだそりゃ、ミリア、わかるか?」
「ハイ、竜族に特有の
逆鱗に触れると、ドラゴンは理性を失って怒り狂うと言われています。2500年前に古代都市サフィオラが滅亡した原因もドラゴンを挑発した軍隊が、うっかり逆鱗に触れたせいだと推測されています」
逆鱗、怖ぇ……。
全員が乗ると、リーリアは静かに浮かび上がった。
ドラゴンには翼があるが、別にいつも羽ばたいているわけではないらしい。
「ミリア、こんな巨体で、どうして飛べるんだ?」
「ハイ、膨大な魔力が重力を打ち消しています。翼はむしろ人間が使うマントのような使い方をしていると推測されています」
「マント?」
そんなこと言われても、日常生活で使うことはないからピンとこない。
イメージできるのは、せいぜいプロレスラーかスーパーマンくらいだ。
「風よけ、雨よけ、防寒、あるいは防護に使うの衣服の一種です。ドラゴンの翼は自在に動かせるので、戦闘に使われることもあるようです」
「さあ、飛ぶわよ。適当なウロコにつかまって。私も仲間の間では、飛ばし屋のリーリアって呼ばれてたんだから。ぼうっとしてると舌を噛むわよ」
リーリアはいきなり加速した。
ヤバい。風圧と反動で体が持って行かれる。
「うわぁ、気持ちいい! ショウヘイお兄ちゃん、飛んでるよ」
「ひゃあああああ。ショウヘイ、ショウヘイ、助けてくれ! 落ちる。体が吹き飛んでしまう……」
「ひ、姫様。しっかりしてください。心を落ち着けていれば大丈夫です」
そういえばシルフィは空を飛ぶのが苦手だった。
俺は障壁呪文を唱えた。
こうすれば少なくとも風よけにはなる。
風が止むと、体はグッと安定した。
「ほうら、シルフィ。ここから下を見てごらん。今までいた都市が、もうあんなに小さくなってる」
「で、でも……落ちたりしないか」
ツンツン。
カティアが俺の脇腹をつつく。
「手を握ってあげなさい。許可します」
ゴクリ。
俺はツバを飲みこんだ。
ズボンで手をこすってから、そっとシルフィの手に、自分の手を重ねる。
ひんやりと冷たい。小さい震えが伝わってくる。
「ショウヘイ……」
「大丈夫だよ。何があっても俺が守る」
シルフィは、答える代わりに手をグッと握り返してきた。
よし、いい雰囲気だ。いける、これならいける……。
「ほうら、こうしていれば怖くないだろう」
俺はシルフィの肩を抱いた。
もう少しだ。かすかに震えてる唇が、射程距離に……。
カチン!
痛っ!
「ひゃああぁぁぁああ!」
突然、体が横に引っ張られた。
いやそれよりも、唇をシルフィに噛まれた。
リーリアの奴、急に方向を変えやがった。魔法の障壁があるからいいが、全員、ドラゴンの背中の上でコケている。
「うわっ、すごいよ。すごいよ」
「姫様! 大丈夫ですか」
「ショ、ショウヘイ。すまない。私のせいでこんなケガを……」
「ひゃ、ひゃいひょうふだ」
唇が痛くて、うまくしゃべれない。
シルフィは魔法戦士だ。恐怖でオーラが暴走したんだろう。【大賢者】の魔力で防御しなかったら、一生、キスのできない体になるところだった。
「ごめんなさいね。ちょっと揺れた? かわいらしい小鳥にぶつかりそうになったから、よけてあげたの。ほら、私って博愛主義者でしょう」
白々しい。つい昨日まで、スタンピードで大虐殺をしようとしてたクセに。
「ミリア、これってワザとだと思うか?」
「私には、知的生物の思考を測定する機能はありません。
ただし、ドラゴンには背後にも知覚器官があるとされています。さっきショウヘイ様が質問した逆鱗です」
「つまり逆鱗に触れたわけか……」
言ってから、なんだか可笑しくなった。
だが、もう不用意な言葉で墓穴を掘るのはコリゴリだ。
俺はイチャイチャするのはあきらめて、おとなしくドラゴンに従うことにした。
行儀よく座っている俺たちの横で、ソラだけがずっと楽しそうにはしゃいでいた。
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