ギガブレイク


  ※  ※  ※



 二人を数百メートル離れた高台に降ろすと、俺はモンスターであふれる森の入口まで戻った。静かに着地して、剣を抜く。

 俺は【勇者】だ。偽物だが、ステータスは本物だ。何も恐れるものはない。


 ギ、ギギギ。

 最初に俺に気づいたのは正面にいるゴブリンの群れだった。

 だが、すぐには襲ってこない。何かの指示を待つように、こちらを向いたままじっと待機している。


 やはり、操られているな。

 俺は確信した。だが、そうだとしても作戦に変更はない。


 剣を水平に構え、そのまま一気に振り抜く。


「ギガブレイク!」

 俺は声の限り叫んだ。

 別に必要だからじゃない。その方がカッコいいと思ったからだ。


 剣から放たれた魔力と衝撃波は巨大な刃となり、正面にいたゴブリンの大群に襲いかかった。ブシュウ。耳障りな音が無数に、それも同時に聞こえる。


 血しぶきで視界が真っ赤になった。

 ブレイクという技の意味がわかる。『斬った』というより『破壊した』という方が近い。ゴブリンは粉砕され、形すら残らなかった。残ったのは死体かどうかもわからない血と肉片だけ。ゴブリンの群れがあった場所には、ポッカリと空間が広がっている。


 ピロン、ピロン、ピロン……。

 レベルアップの通知が、次々にスマホに落ちてくる。

 今ので一気に、何百体かは倒したはずだ。ドラゴンを一撃で倒せる威力というのもうなずける。


 その時、初めてモンスターの集団が動いた。

 今度は牛みたいなモンスターの集団だ。ゴブリンの血で染まった空間に、自分から移動してくる。それでも、まだ突撃はしない。隊列を整えている。それがわかった時、俺はゾッとした。


「ミリア、あれもモンスターなんだよな」


「ハイ、この国では『デスバッファロー』と呼んでいます。体格はショウヘイ様の知っているバッファローの二倍。ツノにためた魔力で、重戦車の装甲も貫通できます」


 いや、この世界。戦車なんかないだろう。

 ツッコミを入れる間もなく、突進が始まった。


「ギガブレイク!」


 ブシャッ、ブキュッ、ドバッ。


 ピロン、ピロン、ピロン……。


 また、同じことが起こった。さっきと同じ場所に血と肉片が重なった。

 そして今度はオークの集団が、その場所を埋めていく……。


 なんだこりゃ。

 俺は少し怖くなった。

 まるでわざわざ、自殺しようとしているみたいだ。

 順番に射程に入り、順番に死んでいく。

 くそっ、構うものか。そっちがあきらめるまで、何度でもやってやる。


「ギガブレイク!」


 ピロン、ピロン、ピロン……。


「ギガブレイク!」


 ピロン、ピロン、ピロン……。


「ギガ……」


 10回目のギガブレイクを撃とうとした時、俺は異変に気づいた。

 剣が軽い。魔力のオーラを感じない。


 ブー、ブー、ブー。

「警告します。技の発動に必要な魔力が足りません。必要な魔力が回復するまで、あと72分間のチャージが必要です」


「魔力切れ? ミリア、俺は何度もレベルアップしてるんだぞ。魔力って普通、その度に回復するもんじゃないのか」


「イイエ、レベルアップは、偽装中のステータスには反映されません」


 あ……やっちまった。


 ブフォォオオ!

 ギガブレイクを撃ってこないことに気づき、オークの群れが雄たけびを上げる。


「ミリア、何か方法はないのか?」


「ハイ、消費された魔力の量は、職種が変わっても同じです。ショウヘイ様が【勇者】よりも魔力の大きい職種に偽装すれば、その差の魔力が使用できます」


「【勇者】より魔力が大きいっていうと……【大賢者】しかないな」


 とりあえず一時撤退だ。【大賢者】なら、それができる。

 それより、操作している時間なんかあるのか。くそっ、考えていても仕方ない。

 俺は急いでスマホを取り出した。その時……。


 グウォォォオオン!


 咆哮が、大地を振動させた。

 どこかで聞いたことがある。そう思った瞬間、俺は体を吹き飛ばされていた。

 あ、あ……スマホが手から離れていく。


 地面にたたきつけられた俺は、受け身を取りながら転がった。さすがは【勇者】の身体能力だ。魔力が尽きていても、並の戦士とは格が違う。

 ただ、その代わりに剣は失ってしまった。

 丸腰になった俺は、正面に現れた敵を見上げた。


 最悪だ。

 例のアイツ……見覚えのあるドラゴンが、俺の前に立ちふさがっている。


「人間の戦士よ。久しぶりだな」

 地響きのような低い声がした。


 誰だ、誰かいるのか。

 俺はまわりを見回した。だが、目の前にはドラゴンしかいない。


「驚いたか。言葉は別に人間だけのものではない。ただ、人間の貧弱な脳ミソが、我々の言葉を理解できないだけだ。

 その臭い、覚えているぞ。忘れるはずなどない。おまえは不意をつき、あろうことかドラゴンである私を倒した。種族の掟として、私はおまえに復讐しなければならない。おまえにとっては今日が最後の日だ」


 くそっ、ミリアはまだずっと向こうだ。隙を見て取りに行くには遠すぎる。

 俺は、ハッと気づいた。

 でも、それならミリアの翻訳能力は有効距離をこえている。どうして俺は、コイツの言葉を理解しているんだ……。


「おまえ、もしかしてユニークスキル持ちなのか?」


「ほう……面白い。そのことを理解できる者が人間にもいるとはな。私は人間の言葉を理解できる。理解させることもできる。……他にもあるが、おまえが知ることは永遠にないだろう。

 さあ、人間よ。私と戦え。もう魔力が尽きているのは、わかっているぞ。あの忌々しいギガブレイクも使えまい。これからは自らの力だけで私と勝負するのだ」


「スタンピードもおまえのせいなのか?」


「もちろんそうだ。我々ドラゴンは生物の頂点に君臨する王者だ。下級のモンスターを従わせることなど雑作もない。

 おまえが、あの都市に向かったのはわかっていた。スタンピードを発生させれば、必ず出てくる。人間は仲間思いだからな。……結果は予想通りだ」

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