スタンピードの正体
それにしても、空中移動は速い。
前回は馬車で二日もかかったリーディアの森が、三十分もしないうちに見えてくる。
「ショウヘイ殿、あれを見てください」
カティアが指さした先に、黒い塊のようなものが見えた。
「少し高度を下げよう」
「うううぅうわあ! ショウヘイ、体が浮く……」
シルフィが、ぎゅっと抱きついてきた。
サラサラとした金髪が、俺の頬にかかる。なんか幸せだ。
「どうやらモンスターのようですね。森に向かって集まってきています」
森に向かって、無数のモンスターが移動している。
ただし、その移動速度はそれほど速くはない。東と西、南。三方向から列を作ってゆっくりと動いている。
「これって、もしかして……」
「ええ、おそらくはスタンピードの原因になるモンスターたちです。すでに森に入っている数まではわかりませんが、移動しているモンスターだけでも、千や二千ではきかないでしょう。こうしている間にも、どんどん増えています」
「ミリア、リーディアの森でスタンピードが発生した場合、ザルフに到達するまでに、いったいどれくらいの時間がかかる?」
「ハイ、モンスターの平均行動速度を考えると、32時間。プラスマイナス8時間と推定されます」
「ここに集結して、明日になってから一気に突撃するってことか。……でも、どうしてだ。やけに整然と動いてるぜ。まるで、まとまった意志があるみたいじゃないか」
「そう考えるのが普通でしょうね。これだけの行動が、ただの偶然だと考える方が不自然です。あそこを見てください。速度の違うモンスターが追いつくまで、間隔を空けて待っています」
カティアは指さす方向を変えた。
そこは異なる種族が合流している場所だった。
ゴブリンの集団、オークの集団、バッファローに似たモンスターの集団。それぞれが固まって行動している。
集団が衝突しそうになると、自然に距離を取る。
異常なくらい混乱がない。指示するリーダーがいなければ、人間だって不可能だ。
「ミリア、モンスターを支配する魔法ってあるのか?」
「ハイ、【魔獣使い】なら調教魔法によりモンスターの直接支配が可能です。ただし同時に複数のモンスターを支配することはできませんし、調教できるモンスターのレベルにも制限があります」
「スタンピードには使えないな。他に何か方法はないのか? たとえばモンスターの言葉で説得するとか、脅して従わせるとか……」
「イイエ。モンスターの言語を翻訳する魔法はありません。スマホと融合し、チートな翻訳機能を手に入れた私にも不可能です」
「魔法でスタンピードを起こすのは無理ってことか。カティアはどう思う?」
「それでも、どこかにリーダーがいるのは間違いないでしょうね。未知のスキルを持った人間か、それともモンスターか……それがスタンピードの元凶です。
でも、この大群の中では探しようがありませんね。目印でもあれば別ですけど。このままでは、砂浜でたった一粒の砂を見つけるのと同じです」
カティアが着ているポンチョが風ではためいた。
現在の高度は約100メートル。もっと高度を下げれば個体の識別もできるようになるが、それは相手も同じだ。
低級モンスターのゴブリンでさえ幼児並の知性がある。この数で、一斉に石でも投げられたら大変だ。
「でも、まだ集結の途中なんだよな……」
俺は、モンスターの群れを眺めながらつぶやいた。
スタンピードは、モンスターの大群が同時に突進するから脅威になる。動いていなければ、ただの標的だ。
「どうするつもりです?」
「指示する奴がいても、いなくても関係ない。ここにいるモンスターを倒してしまえばスタンピードは発生しないはずだ。集結が終わっていない今のうちなら、ギガブレイクでなぎ倒せる」
「ギガブレイク? ショウヘイ殿は、そんなチートな技まで使えるのですか」
「まだ、使ったことはないけどな。ギガブレイクなら、一度に大量のモンスターを倒せるんだろう。ミリアの話だと【勇者】に偽装すればできるらしい」
ギガブレイクは【勇者】が使う最大奥義だ。魔力を巨大な刃に変え、一気に敵を斬り払う。魔力の消費量は大きいが、広範囲の敵にも効果があるらしい。
「確かにそれなら、スタンピードを未然に防げるでしょうね。……もちろん、理屈としての話ですけど」
「二人は少し離れた場所に降ろすから、安全な場所で見ていてくれ。どれくらいの威力があるか、俺にもわからない。
正直に言うと、ギガブレイクを使ってみたいんだ。こんな機会でもないと、使いようのない技だからな。うまくいけば、いい経験値かせぎにもなる」
「私も見るのは初めてです。『楽しみだ』と言ったら、不謹慎でしょうか。
どちらにしても、あの数のモンスターにひとりで立ち向かうのです。十分に注意してください。助けてあげたいところですが、どうせ私たちでは何もできません」
「ショウヘイ、気をつけてくれ。おまえが死んだら、私も生きてはいられない」
「大丈夫さ。なんたって俺は……」
シルフィの唇が、俺の言葉をふさいだ。
空中でのキスなんて、まるで夢のようだ。地上から離れた足が、本当にふわふわと浮いている。
異世界に来て本当に良かった。
脳天を貫くような幸福感の中で、俺は心の底からそう思った。
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