12 スタンピードの正体

強行偵察

 許可が出たらすぐに出発する。

 俺たちはそう決めていた。


 ムチャクチャなスケジュールだが、未来を知っていれは当然のことだ。

 何もしなければ三日後に、この都市が壊滅する。大勢の人間が死ぬ。それを知っていたら、ゆっくりと休んでなんかいられない。


「ショウヘイ、馬には乗ったことはあるのか?」


「子どもの頃、北海道の観光牧場で一度だけ……でもまあ、あの時はポニーか。係員のお姉さんが手綱引いてたし、乗ったうちには入らないよな」


「ホッカイドウ? 異世界の地名か?」

 シルフィが不思議そうな顔をした。どうやら発音が難しいらしい。


「ああ。まだ小さい頃だったけど、楽しかったな。トウモロコシやカニが美味いんだ」


「トウモロコシ? カニならわかるが……それも魚の一種か?」


「そうか、こっちにはないのか。大通り公園の屋台で、醤油をかけて焼いたのを食べたんだ。シルフィにも食べさせたいな」


 この世界には馬も牛も、米も小麦もある。鳩もカラスもいる。パラレルワールドと言ってもいいくらいだ。

 でも、完全に同じというわけではないらしい。

 暇な時に、ミリアにでも聞いてみよう。何か法則みたいなものがあるのかもしれない。


 調査には馬を使うことにした。

 ただし、城壁を出るまでのタテマエだ。

 スタンピードのような現象を発見するためには、空からの偵察の方がいい。【大賢者】の力を使えばそれも可能だ。


 シルフィとラジョアは自分の馬を持っていた。

 だが、俺のはギルドからの借り物だ。

 ブゥフフォオオオウ。栗毛の馬が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 気難しそうな馬だ。ギルドマスターの嫌がらせかもしれない。


「私の馬の後ろに乗るか? 男女で同じ馬に乗るのは、兄妹か恋人だけらしいが……もちろん、おまえなら構わない」


 シルフィは、乗馬用の皮のズボンとチョッキに着替えていた。

 ピッタリとした服から芸術作品のような体の線がそのまま出ている。


「馬にも乗れないようなボンクラ男は、死ねばいい」


 ラジョアも乗馬ズボンだが、上はポンチョのようなかぶり物だ。

 ソラは、ギルドの託児所に預けた。この世界に託児所があるのは意外だったが、よく考えてみれば不思議なことじゃない。女性の冒険者も多いから、ギルドの支部には子どもを預かる施設がどこにでもある。


「いや、さっきミリアに聞いた。【軽騎兵】に偽装すれば、どんな馬にでも乗れるらしい。ステータスはガクッと下がるけど、どうせ今だけだ。

 えっと、ステータス最大で攻撃力85……なんだこれ、【回復術師】と大して変わらないじゃないか」


 文句を言いながらも、俺は馬のイラストのついたアイコンを選択した。

 ヒヒーン、スマホから鳴る効果音が恥ずかしい。


「ミリア、なんだよ。これ……」


「ハイ、今回のバージョンアップによる新機能です。選択時に【職種ジョブ】をイメージした効果音が流れます。旧バージョンに戻すこともできますが、どうされますか」


 そういえば、さっき俺のレベルもレベル44に上がった。

 たいした行動はしていないが、ミリアの話では、膨大な魔力を制御しているだけでも経験値がたまるらしい。


「さっさと元に戻してくれ」

 俺は即断した。

 せっかくの新機能にケチをつけて悪いが、バージョンアップがいつもユーザーのためになるとは限らない。



 都市を囲む城壁が見えなくなるまで離れると、俺たちは下馬して、乗っていた馬を手近な木につないだ。


「さあ、乗馬は終わりだ。これからは空中散歩と行こう」


「ショウヘイ……」

 シルフィが不安そうに俺を見た。


「空を飛ぶのは初めてだ。途中で、落ちたりしないのか」


「魔力が尽きなければ大丈夫だ。ミリアの計算だと、【大賢者】の最大魔力なら百年は飛び続けられるらしい」


「百年か……そんなに飛んでいたら、お婆さんになってしまうな」

 

「飛ぶと言っても俺が魔法で動かすだけだから、じっとしいればいい。……そうだ、今はラジョアじゃなくて、カティアの方だよな。カティアは『経験』があるのか?」


「女性に、そんなことを聞くものではないですよ」


「えっ?」

 俺はドキッとした。

 あわわっ、そうか。ヤバい。セクハラだ。


「ふふっ、冗談ですよ。……でも、他人に言うときは気をつけてくださいね。ショウヘイ殿は少し不用意なところがあります。女性は怖いですよ。

 空を飛ぶという話でしたら、私にも経験があります。ちょうど十才の時でしたか。強い魔力があると、呪文などなくても自然に飛べるようになるものです。小さい子どもが、自分で歩き始めるのと同じですね。最初は空中でひっくり返ったりして、何度も怖い思いをしました」


 そういえば、俺も最初はそうだった。

 王宮から脱出した時のことだ。

 魔法には自然に身につくものと、学習するもの。その二種類がある。魔力のオーラや巨大化は、自然に身につく方の魔法らしい。


「……でも、それも今では懐かしい思い出です。魔力を失うのは寂しいものですね」


「私は初体験だ。少し怖いが、我慢する。おまえに体をゆだねるから、うまくリードしてくれよ」


 シルフィがそっと俺に耳打ちした。

 ゾクゾクゾクッ。俺の体に電流が走った。

 な、なんかエロい……。


 違う、そういう意味じゃない。わかってはいても平常心じゃいられない。


 俺はくるりと後ろを向いた。

 下半身が反応している。隠さないと。

 気づかれてない。気づかれてない。呪文のように繰り返す。


「深呼吸してくれ。出発するぞ」



 俺だけが空を飛ぶなら、別にのままでいい。

 【大賢者】になるのは、二人を空中に運ぶためだ。大賢者なら、安全にコントロールされた飛行魔法が使える。

 俺たちは一気に舞い上がった。ぶわっと風が当たる。


「う、うわああああ。ショウヘイ、ショウヘイ。助けてくれ! 高い、足もとに何もない。落ちそうだ!」


「下を見るんじゃない!」


「ショウヘイ殿、姫様の手を握ってやってください。今回だけは体のタッチも認めます」

 カティアの許可が出た。


 俺が近寄っていくと、空中でシルフィが抱きついてきた。

 おおっ、胸が当たる。手が引き締まったヒップに触れる。おおぉ、いい。これはいい。まるで天国だ。


「ショウヘイ殿、早く移動してください。日が暮れますよ」


「あ、ああ。そうだった」


 俺たちは空中で移動を開始した。

 ぐん!

 何かに引っ張られるような感覚がある。

 最初に調査するのは、ソラがスタンピードを見た南だ。その方向にはリーディアの森もある。

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