ギルドマスター

「あっ、シルフィさん。それとショウヘイさんですね。ギルドマスターから、顔を見かけたら案内するように言われています。さあ、こちらへお越しください」


 カティアが予言したとおり、すぐに反応があった。

 受付嬢は、最初から俺たちのことを探していたらしい。


「おい、どこに行くんだ。まさか自分たちだけ先に逃げるんじゃないだろうな。説明しろ!」


「気にしないでください。さっきから、ずっとこうなんです。まったく、誰がこんなデマなんか流したんだか……」


 ごめんなさい。俺です。

 心の中で懺悔しながら、俺たちは野次馬の中をすり抜けるようにして、ギルドの奥へと向かった。


「おい、ギルドマスターの部屋に入ろうとしてるぞ」


「なんだ、いるんなら出てこいよ。おい、オレも中に入れろ……」


 バタン。

 ふう。

 ドアを閉め、カギをかけてから。俺たちはようやく息をついた。


 部屋は社長室みたいな感じで、応接セットの奥に大きなデスクがあった。

 目の前に座っているのがギルドマスターだろう。思ったより若い。組織の偉い人というより現役の冒険者って感じだ。


「ミリア、ギルドマスターについてざっと教えてくれ」


「ハイ、地方のギルド支部を統括する責任者です。エミリア王国には七つのギルド支部があり、ギルドマスターの選挙によりグランドギルドマスターが決まります。

 ザルフのギルドマスター、ジルドルフ様は次回のグランドギルドマスターの座もウワサされる大物です。過去にSランクパーティー『雷鳴の鷹』を率いていた【魔法戦士】としても有名です」


 ジルドルフは金色の口ヒゲをたくわえた長身の男だった。


「たてこんでいて申し訳ない。なにせ、こんなことは私がギルドマスターになってから初めてなのでね。たったひとつのデマで、どれだけの大騒ぎになるか。不謹慎な言い方かもしれないが、今回はいい教訓になった」


「まだ、デマとは限りませんよ」


「そうか……そうだったな。だからこそ、君たちを呼んだわけだからな。

 あまり余裕がないのは、わかってくれたと思う。単刀直入に言おう。手紙にあった異変とやらのことを教えてほしい」


「俺たちのことを信用してくれるんですか?」


「もちろんだ。『銀狼の牙』のシルフィとラジョアのことを知らない者は、この支部にはいない。いや、失礼。今は『疾風の銀鷲』だったな。

 君のことも、大変な話題になっているぞ。エクスヒーリングを使う最年少の【回復術師】として……いや、それよりも、難攻不落のお姫様を手に入れた幸運な男としてだろうな。どういう手練手管を使ったのか、正直な話、私も興味がある」


「ショウヘイは何もしていない。ただ私の前で裸になって、大きくなったアレで自分の力を示しただけだ。私はその瞬間から、ショウヘイのものになった」


 一瞬にして空気が凍った。

 ギルドマスターまで呼吸が止まっている。


『ドラゴンをコブシで倒したのは秘密にしてほしい』

 俺は確かにそう言った。


 でも、これは違う。全然、違う。大きくなったアレってなんだ? いっそのこと、コブシでいいじゃん。


「ゴ、ゴホッ。気をつけたまえ……君に殺意を感じた男はひとりではないはずだ。仕事中でなければ、私も決闘を申し込んでいたところだ。もう、要件だけでいい。早く言ってくれ。それで私は君のことは忘れる」


 怒ってる。静かに怒ってる。

 真っ赤になって怒るより、こっちの方がずっと怖い。


「は、はい。リーディアの森には、モンスターがいませんでした」


「君はわざわざ、そんなことを言いに来たのかね。私を怒らせようとしているなら、それなりの報いを受けることになるぞ」


 もう怒ってるじゃないか。

 そう、ツッコミたくなった。だが、まだ仕事は終わってない。


「……でも、全くいないって変じゃないですか。ゴブリンだけじゃなく、スライムだっていないんですよ。そんなことってあります? まるでモンスターが丸ごと移動したみたいじゃないですか」


 これは本当のことだ。

 ただし理由はわかっている。

 ドラゴンの縄張りからモンスターが消えるのは当然だ。別にスタンピードとは関係がない。


「なるほど。それが、スタンピードが発生する予兆かもしれないということか……」

 ギルドマスターは初めてまともな反応をしてくれた。


「スタンピードのウワサは、俺も寝耳に水でした。でも、全く関係がないとも言い切れません。調査くらいはしてみてもいいんじゃないでしょうか」


「だが、それだとギルドが公式にウワサを認めたことになる。パニックを大きくするだけだ。それだけは絶対に避けねばならん」


「だから、俺たち『疾風の銀鷲』が行きます。ギルドの公式の依頼でなくても構いません。そうですね……理由は、たとえば新パーティーの訓練とかでどうです。別に不思議ではないハズです。

 ただしスタンピードが発生する本物の証拠をつかんだら、ギルドも腹を決めてください。住民の避難と討伐隊の編成をお願いします」


「それは……当然のことだ。でも、いいのか? ギルドとしては助かるが、そちらにはあまりメリットのない話だぞ」


「メリットが、どうのって話じゃありません。どうせ本物のスタンピードが発生したら俺たちだって死ぬんです。その時にできる最善の行動をする。それが冒険者の心得だったはずです」


 ギルドマスターは、ようやく表情をゆるめた。

「……すまない。どうやら私は、君を誤解していたようだ。

 今まで私は、君のことを『地味な顔をしてるクセに、女をだますのだけは得意なクソ野郎』だと思っていた。だが『クソ野郎』は取り消そう。君は立派な冒険者だ」


「それは……どうも」

 もうちょっと言い方があるんじゃないか。

 でも、黙っておいた。これ以上、話を複雑にしたくない。


「ショウヘイさんのアレ、そんなにスゴかったんですか?」

 受付嬢のエルフが、こっそりシルフィに聞いていた。

 横でソラがまた、伏字で何かを言っている。


 もう、好きにしてくれ。

 尖った耳が先っぽまで真っ赤になっている。俺はそれ以上、彼女の顔をまともに見ていることができなかった。

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