『疾風の銀鷲』

 昼過ぎに、俺たちはギルドに近い食堂で合流した。

 食事をしていると、近くの席から話し声が聞こえてくる。


「おいおい、聞いたか。スタンピードのこと」


「おおっ、聞いた聞いた。英雄祭の日に出るんだろう」


「出るって、お化けみたいに言うなよ。それに、そんなに生やさしい物じゃないぜ。モンスターが津波みたいに押し寄せてくるんだ。飲みこまれたら最期だぞ」


「でもどうせ、そんなのガセネタだろう。お祭りの話題作りとか……」


 そこだけじゃなかった。別の席からも、スタンピードという単語が聞こえた。

 どうやら、ウワサは順調に広がっているらしい。

 ガストーと会ってから、まだ数時間だ。口コミというモノは恐ろしい。ネットもSNSもないのに、不思議なくらいに早く伝染している。


「思ったより早く伝わっているようですね」

 カティアが声をひそめて言った。

 帽子を深くかぶって、紅い瞳を隠している。


「ガストーの仲間が上手くやってくれたんだろう。そっちはどうだ?」


「姫様とラジョアは円満に『銀狼の牙』を脱退しました。新パーティーの登録も済んでいます。でも……リーダーが姫様で、本当に良かったんですか。実力的には、どう考えてもショウヘイ殿でしょう」


「いいんだよ。……て言うか、むしろ申し訳ないくらいだ。俺が前に出ると、風当たりが冷たいからな。それで、パーティー名はどうなったんだ」


 ギルドでは、同じパーティー名は登録できない。だから俺たちは、昨日のうちに第三希望まで決めておいた。登録申請の際に、事務員が膨大なリストをチェックする。


「第二希望で決まりました。『疾風の銀鷲』です」


「良かった。三つともダメだったらどうしようかと思ってたんだ。みんな、これからもよろしくな」


 俺はここにいる仲間の顔を見た。

 シルフィ、カティアとラジョア、そしてソラ。ソラはまだ、牛肉と野菜のソテーと格闘している。

 個性豊かなメンバーだ。

 でも、信頼でつながってる。異世界に放り出されたばかりの時とは大きな違いだ。



 食事を終えてからギルドに行くと、ロビーは冒険者でごった返していた。

 スタンピードのウワサを聞いたのだろう。ここに来れば何か情報が手に入ると思ったのに違いない。


「……いくら聞かれても、何も情報はありません。質問されても困るんです。ギルドとしては、ただのウワサだと考えています。用のない方はお帰りください」


 ギルドの受付嬢が声を枯らして呼びかけていた。

 昨日、登録試験を担当してくれたエルフの女性だ。

 親切にしてもらったから、お礼くらいは言っておくべきかな。それにしても、エルフがいるって、やっぱり異世界なんだよな。耳くらいしか違いがないけど……。


「ショウヘイは、ああいうのが好きなのか?」

 不意に、シルフィが言った。言葉の角が尖っている。


「えっ、いや。別に」


「男はみんな、エルフが好きだよ。『しょうふ』だって、エルフだけちょっぴり値段が高いんだ。でも、✖️✖️✖️の方は普通だったって、近所のおじさんが言ってたよ」


 げっ。また、ソラのムダ知識だ。

 一緒に飯を食ったんだから、当然ソラもついてきている。

 ギルド支部の中に入ったのは初めてなんだろう。物珍しそうにあたりを見ている。


「昨日お世話になったから気になっただけだよ。俺が好きなのは、もちろんシルフィだけだ」


「……そうだったな。すまない。私はどこか、おかしくなってしまったようだ。そんなことが気になるなんて今までになかった。ショウヘイにも迷惑をかける」


 恥じらう乙女の表情に、俺はグッときた。

 くそっ、まわりの人間がみんな邪魔だ。これじゃあ、手も握れやしない。

 俺は気分を切り替えようとして、カティアの方を見た。


「とりあえずは成功のようだけど、ここからどうする? ギルドのお偉いさんを探して声をかければいいのか」


「あせらなくても大丈夫です。待っていれば、そのうちに向こうから声をかけてきますよ」


「でも、そんな余裕なんて無さそうだぜ」


「……実は少し前に、ギルドマスターあてにシルフィ様の名前で手紙を預けておきました。『リーディアの森で、モンスターの動きに変化があることに気づいた。異変の兆候かもしれないから至急、報告したい』とね。

 リーディアの森のことは、あの商人が自慢げに言いふらしているはずです。現場にいたギルドの冒険者は、姫様とラジョアだけですから、話を聞くなら私たちしかいません。後はタイミングを見計らって偵察を申し出るだけです」


「わかった。さすがはカティアだ。ところで、そのへんのタイミングは指示してくれるんだろう」


「いいえ、私はそろそろラジョアの中に隠れます。ギルドマスターに私の目のことを気づかれてはいけませんから。後は姫様と二人でお願いします」


「おい、ちょっと。それじゃあ、せめて何かアドバイスを……」


「女に頼らなければ何もできないような男は、死ねばいい」


 うわっ、もうラジョアに代わってる。

 俺はあきらめた。


 シルフィはちょっとズレてるし、ラジョアは他人とコミュニケーションが取れるタイプじゃない。ソラは問題外だ。

 名目上のリーダーはシルフィだが、やるなら俺しかない。

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