11 『疾風の銀鷲』

英雄祭

 世界ってのは、その時の心の余裕とかで違って見えるものだ。


 城門、宿屋、ギルド。

 せっかく、この世界でも有数の大都市に来ているのに、今までは目標物しか見ていなかった。よく見れば、町にもソワソワとした空気が感じられる。広場の隅ではピエロのような化粧をした大道芸人が練習しているし、銅像の前にはステージを組み立てている人もいる。そうだ、お祭りだ。お祭りが近いんだ。


 もう、スカーフを売っている出店もあった。英雄のイニシャルがついた真っ白な布だ。実際に首に巻いている人もチラホラ見える。


「ミリア、どうして白いスカーフなんだ?」


「ハイ、実際には『勇者戦争』で敵と味方を識別する印としてつけた物です。最終決戦は各国の軍隊も出撃した総力戦でした。魔族の中には人間と区別がつかないタイプも大勢います」


「へえ、みんなツノでも生えているのかと思った」


 俺はひとりで、広場にいた。そこにガストーがいると聞いたからだ。


 スタンピードのことをギルドで話しても、信用されるはずがない。

 とりあえず警告として、この町にウワサを流す。それがカティアの考えだった。


 バサバサバサッ。

 石畳の上を、首を曲げながら歩いていた鳩が飛び立っていく。

 その向こうに、ガストーはいた。気のいい傭兵隊長は、俺を見てベンチから立ち上がった。


「おお、ショウヘイじゃないか。どうだ、お姫様とはうまくやってるか」


「ええ、まあまあです。ガストーさんはどうですか」


「ばぁあか。オレに慣れない敬語なんか使うんじゃねえよ。オレたちは戦友じゃないか。戦場で一緒に戦った仲間には上も下もない。それが俺の流儀だ。それよりどうした? オレみたいに鳩にエサやりに来たわけじゃないだろう」


 そういえば、前はタメ口で話していた。

 あの時は【剣聖】の役を演じていたから気にならなかったが、明らかな年上相手にタメ口は抵抗がある。


「えっと、その……今日はお願いがあって来ました」


「なんだ? カネなら無いぞ。昨日、嫁さんに送金したばかりだ」


「実は……あと三日後に、この都市をスタンピードが襲います。そのことを、ウワサとして流してほしいんです」


「スタンピードぉ?」

 ガストーは突拍子もない声をあげた。


「なんだ、そりゃ。なんの冗談だ」


「とりあえず、ウワサになればいいんです。仲間の傭兵の人にも頼んで町の人に広めてください。お礼なら、ちゃんとします」


 ガストーの顔色がサッと変わった。


「そいつ気はに入らないな。……まさかオレを買収して、デマの片棒をかつがせるつもりか。どんな理由があるのか知らないが、ウソはいけないぜ。

 オレはおまえを、正直でまっすぐな男だと思ってるんだ。頼むから、オレのことを失望させないでくれ」


「いや、ですから……スキルを使って色々とだましていたことは謝ります。確かに、俺の経歴はウソばかりです。でも、今回は違うんです。信じてください」


 ブー、ブー、ブー。

 突然、携帯電話が鳴った。

「警告、警告! 【重大なネタバレ】によりユニークスキル【経歴偽装】が解除されました。ガストー様に対しては全ての【偽装スキル】が無効化されます」


 げっ、そうだった。

 罪の意識に負けて、うっかり本当のことを口走ってしまった。

 【経歴偽装】が解除されるってことは、今までの記憶が戻るってことだ。

 その中にはもちろん、素っ裸でドラゴンと格闘したことも含まれている。


 すぐに、ガストーがわなわなと小刻みに震え出した。

 恐怖に目を見開いたまま、ベンチに崩れ落ちる。

「お、おまえ。ショウヘイ……」


「ごめんなさい。悪気はなかったんです」 


「い、いや。謝る必要なんかない。おまえはオレたちを助けてくれた命の恩人だ。ショウヘイがいなけりゃ、今頃は全員があの森で死んでる。

 で、でも。巨大化したとか、ドラゴンを素手で倒したとか……そんなバカなことあるか。まるで神話の中の出来事じゃないか」


「俺は異世界人です。王宮で、ある日突然召喚されました。バカげたステータスは、そのせいだと思います」


「くっ、くそ。落ち着け……」

 ガストーは、袋に入っていた豆をボリボリと食べ始めた。

 さっきまで、鳩にやっていたやつだ。ガサガサッ、最後は袋をひっくり返して豆を口に入れる。うっ、くっ……うめきながら胸をたたく。喉に詰まったんだろう。


「ハアハアハア……わかった。わかったよ。

 こうなったら、おまえの正体が悪魔だろうが、ドラゴンだろうが構わない。おまえはオレの大切な戦友だ。それでいいな」


「ありがとうございます」


「だから礼なんて言うな。オレがカッコ悪いだろうが。

 そうだとすると、スタンピードの話も本当なんだな。……参ったな。これは、えらいことだぞ。もちろんウワサを広めるのは手伝う。でもそれだけじゃあ、軍隊もギルドも動かないぜ。それから、どうするつもりなんだ」


「ウワサの真偽を確かめるために、調査に行きたいと志願します。自発的な調査なら、たぶん認めてくれるでしょう。証拠を持って帰ることができたら、住民を避難させることができるはずです」


「ふーん、よく考えたじゃないか」


「俺じゃないですよ。実は、ナイショの参謀がいるんです」


「ナイショか……まあ、いいさ。どうせこんなヨタ話、誰も信用してくれるわけがないんだ。全部まとめて秘密にしてやるさ。おまえも、その方が都合がいいんだろう」


「助かります」

 俺は心から感謝した。

 ガストーは人生のいい先輩だ。異世界デビューは最低だったが、その後の出会いは本当に恵まれている。


「そうと決まったら、さっさと行動だ。どうせ、鳩にやる豆もなくなっちまった。ウワサのことはオレに任せとけ」


 ガストーは俺に指であいさつをしてから、小走りに行ってしまった。

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