スタンピード

「……さて、ショウヘイ殿。ここからが本題です。『たくさんのモンスターが現れて人間がたくさん死ぬ』。それが本当に起きることなら、私たちもそれなりの対応をしなければいけません」


「そ、そうだよな。ソラ、その夢のことをもっと詳しく教えてくれ」


「うん。この大きな町に向かって、たくさんのモンスターが走ってくるんだ。ゴブリンとかオークとか、牛みたいな化け物とか。見たこともないモンスターもいたよ。兵隊や冒険者が戦ってたけど負けちゃって、モンスターが町の中に入ってくるんだ」


「でも、この都市には結界があるはずだろう」


「ケッカイとか、わからないけど。何か大きな音がしたから、きっと壊れたんだと思うよ。それから町の人がみんなモンスターに殺されちゃうんだ」


「スタンピードですね」

 カティアが低い声でつぶやいた。


「スタンピード?」


「モンスターの大群が暴走する現象のことです。あまり詳しくはありませんが、以前にどこかで聞いたことがあります」


「でも、数は多くてもゴブリンとかオークなんだろう。結界さえあれば侵入できないんじゃないのか」


「そういう質問は、そのチートな人工精霊に聞いたらどうですか?」


「ああ、そうか……そうだよな。

 ミリア、スタンピードについて、もっと詳しく教えてくれ」


「ハイ、ゴブリンやオークなどの大量のモンスターが、ひとつの方向に、一斉に暴走する現象のことです。スタンピードが発生する詳しい原因についてはわかっていませんが、最近の100年間だけでも8回の発生が記録されています。

 本来、ドラゴンなどの強力なモンスター以外は都市の結界を破れませんが、スタンピードだけは例外です。一方向にモンスターの魔力が圧縮されるため、結界の強度を超えてしまうのです。76年前に帝国南部の都市、ジルベイで発生したスタンピードでは数万人規模の死傷者が出たと記録されています」


「数万人だって……」

 俺はあまりの被害の大きさに呆然とした。

 目の前でそんな惨劇が起きたら……そう思うとゾッとする。


「問題はいつ、どこで発生するかですね。ソラちゃん、そのモンスターはどの方向から来たかわかる?」


「城門にまっすぐ向かって来たから、道のある方だよ。鎧を着た兵隊が列を作って待ってたけど、全然止められなかったんだ。城門が壊れて、それから中で冒険者の人が戦ったけど、どんどん死んじゃって……」

 ソラの表情が苦しそうになった。


「嫌なシーンまで無理して思い出さなくてもいいわよ。そんなことは私たちがさせないから。ソラちゃんの夢のおかげで、それはなかったことになるの。

 でも、そのためにもお願い。何か日付けや時間のわかる物は見なかった? たとえばギルドのある広場には、大きな魔法の時計があるわ。勇者の銅像の横よ」


「広場にいる人は見たけど、銅像も時計も倒されてた。あとは血でいっぱいで……わからない。わからないよ」


「ソラちゃん、落ち着いて。着ている物はどうだった? 薄着だったとか、厚着だったとか。モンスターの陰は大きかった、小さかった?」


 ソラはまるで酸っぱい物でも食べたみたいに、顔をぎゅううっとしかめた。

「陰は……小さかったよ。服は町の人が今、着てるのと同じだった。それと、みんなスカーフをしてた。赤とか白とか……半分だけ赤い色の人もいた」


「たぶん昼頃ね。スカーフをしてるってことは、何かのお祭りかしら」


 俺はハッとした。

「ミリア、この都市で市民がスカーフをするようなイベントはあるか?」


「年に一度、『勇者祭』があります。勇者が魔族を倒した功績を讃えるお祭りで、白いスカーフをつけて外出します」


「白って、赤もあるんだろう」


「イイエ、白だけです。勇者が軍隊と一緒に魔族と戦った時、目印にした布が由来になっています」


 トントン、肩をたたかれる。


「ショウヘイ殿……」

 カティアが、首の前で手を動かす。人を殺す。そういうジェスチャーだ。


 ああ、そうか。俺はようやく理解した。

 モンスターに襲われた時、スカーフが血に染まったんだ。

 ソラはもう、十分に頑張った。これ以上、負担をかけちゃいけない。


「ミリア。そのお祭りって、いつなんだ」


「ハイ、今年の暦では11月22日。あと三日後です」


「来年という可能性もゼロではありませんが、警告として現れた夢だとしたらその日でしょう。スタンピードを阻止します。姫様、ショウヘイ殿、いいですね」


「もちろんだ。それだけの災害を見て見ぬふりなど、できるものか」

 シルフィが力強く言った。


「俺のバカげたステータスに意味があるなら、使うしかないよな」


 力には責任がある。そう誰かに聞いたことがある。


 絶対に止める。止めてみせる。

 俺は心の中で誓った。それがこの世界に転移させられた、本当の意味だと信じたかった。

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