大人の落としどころ
こうなったら当然、後始末をしなきゃいけない。俺は【ステータス偽装】の画面を開いた。例文は、さっきのをコピーして引用した。
『戦いの結果、俺はギリギリの差で勝利した。デスリーは俺を賞賛した』
「ミリア、これでいいか?」
「イイエ、それでは大量の血痕と柱の破損の説明ができません。それにデスリー様は素直に他人を讃えるような性格ではありません」
仕方がない。
俺は文章を書き直した。
『デスリーはカッとなって俺を柱にたたきつけた。瀕死の俺は、それでもなんとか回復魔法を使い自力で命をとりとめた。デスリーは殺さなかったことにホッとして俺をしぶしぶ認めることにした』
「ハイ、これなら設定はクリアです。ただしショウヘイ様が無傷だとこのストーリーは成立しません」
どうすればいいか。もう俺にはわかっていた。
「シルフィ、頼む。俺をボコボコに殴ってくれ。さっきより強くだ。ただし歯は折らないでくれよ。治した後でゴマ化すのが面倒になる」
「わかった。それがショウヘイのためなんだな」
ボコッ、グバッ、グシャ。ドカッ、ズドドド、ベキッ。
そろそろ、いいんだけど……バコバコ、ドカン。ピシャッ。ゴホッ。
「ハア、ハア、ハア。ショウヘイ、これくらいでいいか」
「あ、ありがとう。もう十分だ」
俺は床に溜まっているべっとりとした血を両手ですくうと、体全体にすりこむようにした。それから体を引きずるようにして、なんとか柱のところまで歩く。
俺は破損した部分によりかかるようにして座った。
よし、これで位置はいいはずだ。
俺は【経歴偽装】の決定ボタンに触れた。
ブーンと、低い音がする。
「おっ、おい。大丈夫か!」
青い顔をしたデスリーが近寄ってきた。
「くそっ、つい本気になっちまった。おい、見ていないで早く来い! 回復魔法でこの兄ちゃんを治してやれ」
「いや、いいです。もう自分でだいたい治しましたから……」
げふっ。俺は血の混じった痰を吐いた。
内臓をやられてるな。相変わらずシルフィは容赦がない。
俺はエクスヒーリングの呪文を唱えた。
もちろん今の設定は【回復術師】に戻してある。
エクスヒーリングはかなり使いやすい。特に今回の設定にはピッタリだ。組織の再生は無理でも、失った血くらいは回復させる力がある。
「で、でもな。この血の量だぜ。俺も返り血でこんなだ」
それ、元々はアナタの血ですけど。
心の中でツッコんでいると、さっきの【回復術師】が駆け寄ってきた。
「お、おい。こいつ、エクスヒーリングを使ってるぞ。……ギルドにとっちゃあ、すごい掘り出し物だ。オレだって使えるまでに10年もかかったんだ。新人で使う奴なんて見たことがない」
「そ、そうなのか?」
デスリーは、信じられないという顔をした。
「あたりまえだ。【熟練の回復術師】のオレが言うんだぜ。さっきのステータスだけでも驚いたが、実戦でこれだけ使えるんなら本物だ。どこのパーティーでも引っ張りだこだろうさ」
「どうです、合格ですか?」
「そ、そうだな。とりあえず【回復術師】としちゃあ立派なもんだ。合格でいいだろう。ただし、いい気になるなよ。手加減してやったからいいが、相手が本気だったら回復が間に合わずに死んでたぞ」
いや、本気になってましたけど。
特に『ウスラハゲ』とか言った瞬間は、間違いなく殺しにきてましたけど。
そこに、ギルドの受付嬢が割りこんできた。
「そんな無責任なこと言って……見てましたよ。あれは明らかにやりすぎです。ギルドの規定による懲戒処分を請求します」
「ま、まあ。いいじゃないですか」
俺はあわてて彼女を止めた。
せっかく痛い思いをして、冒険者試験に合格したんだ。これ以上、騒ぎを大きくしたくない。
「誰も死者が出なかっただけで十分です。俺も実戦の怖さを教えてもらいました。恨みっこなしでいきましょう」
「まあ、当事者のあなたが言うのなら……」
「ハッハッハ、なかなか骨のある男じゃないか。よし、これからはオレが面倒をみてやる。困ったことがあったら、いつでも言いな」
デスリーは、バカでかい手で俺の肩をたたいた。
痛っ。このデカブツ、少しは加減しろ!
でもまあ、Sランクパーティーに貸しを作っておくのは悪くない。
俺たちのことを敵視する人間も、これで少しは減るだろう。
それにしても今日は、疲れた……。
ピロン。
その時、スマホの通知音がした。
「なんだよ、ミリア」
「未確認の通知が3件あります。全てレベルアップの通知ですが、確認しますか?」
「……途中経過はいいから、最後のひとつだけ教えてくれ」
「【異世界の戦士】レベル43、体力7520、攻撃力6300、魔力8885にステータスが上昇しました。なお、現在は【回復術師】に偽装中なので、この数値は隠れステータスになります」
それにしても、このステータスは異常だ。
Sランクパーティーのリーダーと比べても、ざっと30倍くらいの差がある。こんな力が必要になることなんてあるんだろうか。
俺たちはギルドの登録を済ませてしまうと、さっさと宿に引き返した。
とりあえず余計なことは忘れて、今日はゆっくりと休みたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます