Sランクの実力

 おおぉぉお!

 呼応して、観客の中から歓声が上がった。


「デスリー、殺っちまえ!」


「コ、ロ、セ。殺せ、殺せ!」


 うわああ、合唱してる。完全にアウェーだ。

 いつの間にかロビーには格闘場ができていた。中央がポッカリ空いて、何重にも観客が取り巻く感じだ。ここまで来ると、もう逃げ場がない。


「ミリア、Sランクパーティーのリーダーって、そんなにすごいのか?」


「ハイ、Sランクパーティーは全世界のギルドを合わせても5組しかいません。この支部に登録しているのは『疾風のドラゴン』だけです。

 ちなみにデスリー様のステータスは【熟練の魔法戦士】レベル79、体力236、攻撃力250、魔力233です。このステータスは、この支部では最強です」


 今まで見た他人のステータスの中では圧倒的だ。シルフィよりもかなり高い。


「このまま【回復術師】のまま戦ったらどうなる?」


「ハイ、間違いなくボコボコにされます。回復術師は、もともと戦闘向きの職種ではありません。魔力だけは上ですが、回復魔法に特化しています。戦士としてはとても勝負になりません」


 ゲッ、もう詰んでるんじゃないか。これ。

 実技試験なんて言っても、どうせ回復魔法を披露して終わりだと思っていた。こんな展開は予想してない。


「どうする。逃げるなら今のうちだぜ。その代わりシルフィのことはあきらめな。あいつはオレの女になる予定なんだ。おまえなんかが触れていい女じゃない」


「私にはそんな予定はないぞ」

 シルフィがすかさず俺の弁護に入った。


「それにもう、私はショウヘイの女だ。裸のショウヘイに抱きしめられた時、そう決めたんだ。他の男の物になるつもりはない」


 俺たちを囲む野次馬たちがザワついた。

 特に『裸』という単語がヤバい。絶対に誤解している。


「こ、この野郎……」

 デスリーの怒りは当然、俺の方に向けられた。


「えっと、やっぱり。怒ってますか?」


「当然だ。死なない程度に殺してやるから、覚悟しろ。

 さあ、ギルドの姉ちゃん。試験開始だ。悪いが、神に祈る時間はないぜ」


 そ、そうだ。スマホだ。

 すぐに【勇者】に偽装すれば絶対に勝てる。エクスヒーリングも使える。


「ミリア……」


 だが、そんなことに気を取られていたのが致命的だった。

 アレ、いつの間にか腕を取られてる。ねじ上げて……うわっ、痛い。えっ? まさかもっと曲げる気なのか。


 ボキボキボキ!

 嫌な音がした。遅れて激痛が襲ってくる。

 ぐわあぁああああああ。

 痛い、痛い、痛い、痛い。


「どうだ、これはオレたちの恨みの分だ。シルフィを独り占めしやがって……」


 俺は床を転げ回った。痛みのせいで、スマホどころじゃない。

 さっき、シグマの腕を折った報いかもしれない。アイツは勇敢だった。同じくらい痛かっただろうに、泣き言ひとつ言わなかった。


「さあ、回復魔法を使ってみせろ。ヒーリングか? ハイヒーリングか? エクスヒーリングか? 口がもつれて言葉が出なくちゃ、回復術師も役立たずだ。

 ほうら、踏ん張ってみろ。もう一本の腕も折ってやる。そこから、少しでも回復できたら合格だ」


 もう耐えられない。無理、無理、無理……。


「ウスラハゲ!」

 俺は、ステータスの解除呪文を唱えた。


「この、どうしてわかった」


 なんだ? この反応。

 なぜか、デスリーの目が血走っている。

 まさかコイツ、ヅラだったのか。よく見ると、髪型が少しズレている。


 内側からあふれてくる圧倒的な魔力のせいで、痛みは消えた。だが、腕はねじ曲がったままだ。もう俺は回復術師じゃない。【職種偽装】で別の職種に変更しないと、初歩的なヒーリングも使えない。ただのステータスお化けだ。


「この……殺す。絶対に殺す」

 デスリーは剣を抜いた。


 【魔法戦士】の特技は魔力変換だ。魔力を防御力や攻撃力に変換できる。

 その力は圧倒的だ。【剣聖】の力で傷ひとつつけられなかったドラゴンの鱗を、シルフィは貫いた。【勇者】を除けば剣士としては最強ランクの職種だ。


 剣に魔力のオーラが、まとい始めた。

 俺の剣は……そうだ。さっき、ギルドの受付に預けたんだった。カウンターの上に鞘に入ったまま置いてある。


「死ねっ!」


 腕を折られた時の恐怖が、頭をよぎった。

 このまま斬られたら殺される。


 圧倒的なステータスがあるから大丈夫だ。理屈ではわかる。……でも、腕を折られた時の恐怖と痛みは忘れられない。

 デスリーの殺気が、俺の判断力を奪った。


 殺される。死ぬ、死ぬ。殺される。死ぬ。


 うわわわあぁああああああ!


 俺は恐怖に目を閉じたまま、必死に折れたままの腕を振り回した。

 ぶうぉん! 空気が裂けるような音がする。


 パキン、ズシャッ、ドドオォォン!

 轟音と振動。


 何が起こったんだ?

 おそるおそる目を開けると、もう全てが終わっていた。


 大量の真っ赤な血。折れた剣。そして床に転がっているデスリーの巨体。

 一度、吹き飛ばされて当たったんだろう。建物を支えている太い柱が、鉄球がめりこんだ時のように半壊している。


 やった、やってしまった。今度こそ殺してしまった。

 俺は血の気が引いていくのを感じていた。


「ショウヘイ、しっかりしてくれ!」

 シルフィが駆け寄ってきた。


「全部見ていた。おまえは悪くない」


「でも、俺は人を、人を……」


「おまえが人殺しでも私は構わない。罪を犯したら、一緒に背負う。私はいつでもショウヘイのそばにいる」


「でも、俺は……う、うむ、ううん」


 俺はそれ以上、しゃべることができなくなった。

 ほっぺたをシルフィの両手が固定している。目の前にあるのはシルフィの顔だ。口をふさいでいる柔らかい物は……シルフィの唇。


 一秒か、二秒か。

 シルフィはすぐに唇を離した。恥ずかしそうに目をそらす。

「落ち着いたか。続きは……後にしよう」


「わかってる。目が覚めた。俺は今、自分に出来ることをする」

 

 俺はシャキッとした。

 まわりにいる連中は全員、恐怖で凍りついている。

 好都合だ。これなら邪魔されることもない。


「ミリア、【大賢者】に偽装する。割り振れる最大のステータスを表示してくれ」


 ジョブチェンジの瞬間、折れた腕に激痛が走った。だが【大賢者】になるとまた、ウソのように消える。俺は自分の腕を治療しながら、ゆっくりと男の体に近づいた。


 知ることを恐れるな。

 生きていても死んでいても、俺には確認する義務がある。


 かたわらで【回復術師】が必死にハイヒーリングをかけている。まるで事故現場の心臓マッサージのようだ。俺の気配に気づいて上げた顔には恐怖がはりついている。


「ば、化け物め……近寄るな。デスリーはもうダメだ。ここまでしておいて、まだ足りないのか」


 俺は構わずギガヒーリングを使った。

 わずかでも生命の火が残っていれば助かる。俺に出来ることはそれしかない。


「う、う、うわあああ!」

 息を吹き返すのと同時に、男が大声を出した。

 俺はホッとした。シルフィのキスのおかげだ。もう少し遅かったら、俺は間違いなく人殺しになっていただろう。


「ほら、回復魔法を使ったぞ。ギガヒーリングだ。俺は合格かな?」


「ひっ、ひっ、ひい……」


 話ができるような状態じゃないな。

 パニックになると、みんな同じような反応になる。


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