9 冒険者ギルド

冒険者ギルド

 冒険者ギルドは、この世界のあらゆる場所にある。

 ミリアの話だと、冒険者はモンスターから村を守る自警団が起源らしい。


 自然発生的に生まれた自警団は、お互いに協力するために連絡組織を作った。それが後の冒険者ギルドだ。

 ただ、そこにひとつの問題点が発生した。戦闘力がある集団はそれだけで政治勢力となってしまう。冒険者が合流して巨大な傭兵集団になってしまえば、国家に対する脅威となるかもしれない。

 そしてギルドと国家権力との対話の結果、いくつかの妥協案が生まれた。

 ひとつは、パーティーのメンバーは最大で5人までとすること。これは軍隊として成長させないための規制だ。また、同時に傭兵として国家に雇われることも禁止された。

 もうひとつは、モンスターによる大規模な災害時には、例外として国家の招集に応じること。


 その代わり、ギルドの構成員には武器の携帯や移動の自由が保証された。

 王都を出た時に検査があったように、魔力を持つ人間は厳重に管理されている。

 だから魔力の強い人間は軍隊かギルド、実質的にはどちらかに所属するしかない。



 決闘を終えたその足で、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。


 魔力のある人間がギルドに登録するためには、城門を通る時に魔力検査を受けた証明書が必要になる。


 保証人をシルフィに頼み、俺は魔力検査済みの滞在許可証を手に入れた。

 本当は、すでに傭兵として許可証をもらっているが、そのへんは【経歴偽装】のスキルでゴマ化した。『田舎から出てきた冒険者志望の青年』というのが新しい設定だ。


「さっきは、その……強く殴って悪かった。よく考えたら、顔の形が変わるほど殴る必要はなかったような気がする」

 シルフィが、今さらのように謝った。

 全くその通りだ。後で口から、折れた歯まで出てきた。だが、器の小さい人間だとは思われたくなかったから、俺はわざと平気な顔をした。


「自分でギガヒーリングを使ったから大丈夫だよ。もう、どこも痛くない。折れた歯だって、このとおり元通りだ」


 冒険者ギルドは、都市の中にある広場に面した一角にあった。

 石造りの立派な建物だ。正面入口の上にはギルドの紋章が刻まれている。


 中に入ると、そこはホテルのロビーのようになっていた。腰に剣を吊った戦士やローブを着た魔法使いでにぎわっている。


「お、おい。あれ。『銀狼の牙』のシルフィじゃないか。帰ってきてたのか」


「くうぅう。相変わらずイイ女だぜ。たまらないな」


「なんだ、知らない男と一緒にいるぞ。どこのどいつだ」


 直接、言ったつもりはないんだろうが、全部聞こえてる。

 俺たちは無視して冒険者登録のカウンターに向かった。

 そこには耳の尖ったエルフの女性がいた。


「ああ、シルフィさんですね。都市ギルドへの登録は昨日済んでいるはずですが、今日はどんな御用ですか」


「今日は私ではない。この男性を新しく冒険者として登録するために来た。いずれ私とラジョアも『銀狼の牙』を脱退して、彼と新しいパーティーを結成するつもりだ」


「え、ええっ!」

 受付嬢が目を丸くした。

 ロビーもザワつきはじめる。情報が伝染しているのだろう。


「別に問題はないはずだ。彼は怪しい者ではない。婚約者の私が保証する」


「え、えええっ! ええええっ!」

 受付嬢が口をポカンと開けたまま動かなくなった。


 ここで、そこまでバラす必要はなかったんじゃないか。

 そう思ったが、もう手遅れだった。ロビーのザワつきが一瞬にして消える。その代わり冷たく刺すような視線が俺に集中した。


「ええと、ごめんなさい。シルフィさんが男性と付き合ってるなんて知らなかったものですから。同郷の幼なじみか何かですか」


「いや、ショウヘイとは何週間か前に初めて会ったばかりだ。それまで私が男性を好きになるなんて思いもしなかった。でも今は、寝ても覚めてもショウヘイのことだけを考えている。その……男女のことはまだだが、いずれはショウヘイの物にしてもらうつもりだ」


 俺はあわててシルフィを止めようとした。

「……ちょっと、すいません。これってギルドの登録とは関係ありませんよね。プライバシーに関することは、これくらいにしてくれませんか」


 チッ。

 チッ、チッ。 

 うわっ。完全に火に油を注いだ。

 あちこちで舌打ちする音がする。冷たい視線に怒りが加わっていく。


「ああ、そうでしたね。あまりにも驚いたもので……失礼しました。

 それでは、こちらの方の滞在許可証をお見せください。それと魔力検査と実技試験を受けていただきます。あらかじめ取得している職種があれば、申告してください。そちらについても審査します」


「とりあえず【回復術師】で……」


「とりあえず?」


 しまった。色々とやってるから、つい口に出てしまった。

 本当なら、職種ジョブは魔法学校や技能訓練で習得するものだ。俺みたいにチートスキルで偽装するものじゃない。


「い、いや。言い間違いです。『とりあえず』とか言うのがクセなんです」


「そうですか。でも、ギルドには自分の職種にプライドを持っている人が多いので、言葉には気をつけてくださいね。……冗談ではありませんよ。前にケンカになって、死人が出たこともあるんです」


 俺はゾッとした。

「はい、気をつけます」


「それではまず、魔力検査ですね。それと、試験官も手配しないと。えっと、この支部でいま、手が空いているのは……」


「俺がやってやるぜ」


 ドスのきいた声がロビーに響いた。

 ゴリラかプロレスラーみたいな体型ガタイの男が、ゆっくりと近づいてくる。すごい威圧感だ。

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