偽りの和解

  ※  ※  ※


 あ、あふっ。あふっ。

 黒コゲになった口から、かすかに息が漏れている。


 良かった。即死はしてない。

 腐っても魔法戦士だ。爆発の瞬間に、魔力で自分を守ったんだろう。

 ただし、全身にひどいヤケドを負っている。高温でできるケロイドってヤツだ。吹き飛んだのか、右腕はどこにもついていない。


 普通なら間違いなく致命傷だ。

 俺はとりあえず【勇者】でも使えるエクスヒーリングを詠唱した。【大賢者】になる前に死んでしまっては困る。これでも、命をとりとめるには十分なはずだ。


「ぐふっ、ゲボッ!」

 ピチャッ。シグマの吐いた痰が俺の服についた。


「汚いな。洗濯代は払ってくれよ」


「な、なんだ。これでも無傷なのか……ううわぁあ、やめてくれ。オレの魂を喰らうつもりだな。くそっ、魔族め。殺せ! いっそのこと殺せ!」


 もう、話を聞いてくれそうにないな……。

 俺は、なんとなく寂しい気持ちになった。


「ミリア、【大賢者】に偽装する。ステータス設定画面を出してくれ」


「ハイ。今回からは、バージョンアップされた機能が使用できます。簡易設定画面が表示できるようになりました。設定可能な最大ステータスの他に、50パーセントのステータス、20パーセントのステータスを自動設定できます」


 俺は最大ステータスで設定した。

 余計なことを考えるのは面倒くさい。早くギガヒーリングで治療して、この無意味な決闘を終わりにしたい。


「ショウヘイ、シグマは生きているのか?」

 シルフィが駆け寄ってきた。


 銀髪の回復術師も俺のそばにくる。

 彼は自分の恐怖を抑えつけるようにして、ぐっと俺をにらみつけた。

「今、何をやったオレだって回復術師だ。シグマが致命傷だったことくらい、離れていてもわかる。ハイヒーリングを使っても助けられなかったはずだ」


「エクスヒーリングだ」


「エクスヒーリング? バカ言うな。そんな高級魔法を使える奴、冒険者ギルドに何人いると思ってるんだ」


「信じられないのなら、黙って見てろ。これからギガヒーリングを使ってやる。欠損した腕や足を完全に再生できるのは、ギガヒーリングだけだ」


「そんなものはこの世に存在しない。おとぎ話の魔法だ」


 俺はその言葉を無視した。あるものはあるんだから、仕方がない。

 呪文を唱えると、シグマの体が光に包まれた。

 傷がふさがり、失ったはずの腕がみるみる再生していく。

 

 ただし後のことも考えて、ダメージを少しだけ残しておいた。

 こういう加減も、【大賢者】ならお手のものだ。


「お、おお。神よ……」

 回復術師は天に向かって祈り始めた。


 さっきは悪魔で、今度は神か。

 どっちで呼ばれても、あまり嬉しくはない。


「ショウヘイ、私にはわかっているぞ。おまえは神でも悪魔でもない。

 いや、神でも悪魔でもいい。おまえは私が愛する、世界でただひとりの男だ。ショウヘイと一緒にいられるなら、地獄へだってついていく」


「シルフィ……」


 そうだ。

 俺にはシルフィがいる。世界の全ての人間にブキミがられても、彼女だけにわかってもらえればいい。


 俺は気を取り直して、スマホに文章を打ちこんだ。


『決闘は一進一退の攻防になった。互いに疲れ、剣を落とし、最後はこぶしで格闘した。紙一重の差で俺が勝ち、シグマは俺の勝利を讃えた』


「ミリア、どうだ。これでイケるか?」


「ハイ、シグマ様は単純なので、その設定で問題はありません。ただしショウヘイ様が無傷ではストーリーに矛盾が発生します。ステータスを落としてから、シルフィ様に殴ってもらってください」


「そういうわけだ。思い切り殴ってくれ」


「わかった。それがショウヘイのためなんだな」


 ボコッ、グバッ、グシャ。

 いや、もうそのくらいで……バコバコ、ドカッ。


 痛い、頭の上を星が飛んでいる。

 でも、痛みの中に愛を感じる。なんかクセになりそうだ。

 とりあえず、気を失わないうちに、俺はスマホの決定ボタンをクリックした。



 ブーン、という低い音がする。


「くそっ、負けたか……」

 頭を振りながら、ふらふらとシグマが立ち上がった。


「でも、いい戦いだったぜ。おまえみたいにガッツのある奴は久しぶりに見た」


「俺も見直したぜ。男の本物の覚悟ってヤツを見せてもらった」


 これは本音だ。

 誤解もあったし結果もショボかった。だが、シルフィを守ろうとした勇気だけは素直に賞賛してもいい。


「約束だ。おまえとシルフィの間にもう、口出しはしない。……くそっ、振られちまったか。傷がしみるな。シルフィは最高の女だ。オレたちのアイドルだったんだから幸せにしろよ。不幸になんかしたら承知しないからな」


 い、痛い……。

 カッコつければ、つけるほど痛い。痛すぎる。

 

「メセタ、悪いな、負けちまった。問題はオレたちのパーティーを、これからどうするかだ。もう、タニアは戻ってこないんだろう」


「そのことなら、報告がある」

 銀髪の回復術師は、コホンとせき払いをした。


「パーティーの【弓使い】なら大丈夫だ。あれからタニアの後を追いかけて、説得しておいた。【魔法使い】にも、実はひとりなら当てがある。昨日のことでオレも目が覚めた。どうせ手に入らないお姫様を追いかけるよりも、身近な女性に目を向けた方がいいってわかったんだ。

 ただし、ひとつだけ問題がある。二人とも、オレがリーダーでなけりゃ嫌だって言うんだ。おまえが悪いわけじゃないが……わかるだろう。だから『銀狼の牙』のリーダーをオレに譲ってくれ。今まではオレがおまえを支えていた。これからはおまえがオレを支える番だ」


 げっ。

 小さく息を漏らすのが、俺にも聞こえた。

「あ、ああ。いいぜ。それがパーティーのためだもんな。そんなもの、リーダーをやるのに比べればチョロイもんだ。オレに任せとけ」


 なんか、見ているだけでジワっとしてきた。

 シグマを見ていると、とても他人事とは思えない。ヘタレな道化師ぶりが今までの俺と同じだ。


 ガンバレよ

 俺は心の中でエールを送った。

 シグマは失望を隠すために、痛そうなくらいに胸を張っていた。

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