決闘

 決闘の日は翌日の正午。場所は西側の城壁の外と決まった。


 都市の中では私闘は禁止だ。だが、外では慣習法が適用される。

 証人を立てて戦えば、相手を殺しても殺人罪にはならない。武器も魔法も自由だ。負けた方は、必ず勝った方に従わなければならない。


 立会人は双方が納得した人物がつとめる。今回はもちろんシルフィだ。



「ショウヘイ、お願いがある。シグマを殺さないでくれ」

 指定の場所に着く直前に、シルフィが俺に言った。


「もちろん決闘の作法は知っている。立会人は、勝負には口出しをできない。でも、あいつはいい奴なんだ。死んでほしくない。……ショウヘイなら、うまく手加減ができるだろう?」


「わかってるさ。だから今回は【勇者】に偽装する。勇者なら回復魔法が使えるからな。今の俺のステータスなら、エクスヒーリングまで使える。何かアクシデントがあっても、即死さえしなければ死ぬことはないはずだ」


 俺はスマホで設定したステータスを確認した。


『【勇者】、体力800、攻撃力650、魔力600』


 ドラゴンと戦ってレベルが上がったせいで、かなり伝説の勇者ジェンダーのステータスに近くなった。特に魔力と体力には多めに振ってある。


 冒険者相手のケンカに、勇者の最大攻撃力なんて必要になるわけがない。

 ギリギリまで相手の攻撃を受けて、僅差で勝つ。それが俺が考えた作戦だった。


「勇者か……ショウヘイは本当に規格外だな」


 シルフィの言葉を聞いて、俺はちょっとだけ不安になった。

 ケタ違いのステータスを手に入れてから、何度も化け物と呼ばれた。ドラゴンと格闘した時には、傭兵仲間まで俺を恐怖の目で見ていた。

 【経歴擬装】がなければ、今頃どうなっていたか。考えただけでもゾッとする。


「シルフィも、俺のことを『化け物みたいだ』とか思うか?」


「ふふっ、そうかもな。でも、私はおまえが化け物でも構わない。好きになるとは、そういうことだと思う。

 それよりも、おまえはどうなのだ。私のことを、時間をかけて好きになってくれるのだろう。私は、ショウヘイのことを思うだけで体の芯が熱くなる。もう、どうにもならないくらいだ。だから……私も、おまえの本当の気持ちが知りたい」


 ドキン。自分の心臓の音が聞こえる。 

 こ、これは、もしかして。チャンスじゃないのか。

 ここは行動で答えるのもアリだ。抱き寄せて……キスとか。シルフィの桜色の唇が、濡れているようにも見える。


 今いるところは、城壁のちょうど陰になっている。まわりに人影もない。約束の場所は、もう少し先だ。


「あ、あの。シルフィ……」


「決闘の前に女を口説こうとするバカは、死ねばいい」


 うわっぁああ。

 死ぬほどビックリした。ラジョアがいるのを忘れてた。


「ショウヘイ、すまない。ラジョアは先生に何か言われているようなんだ。その、私たちが性的な衝動に負けないよう、見張っているんだと思う」



 動揺が治まらないうちに、俺は決闘の場に着いてしまった。

 くそっ、まだモヤモヤしてる。もう少しだったのに。

 さっきの雰囲気なら、たぶんできた。いや、間違いなくできた。俺のファーストキッスをどうしてくれるんだ。


「逃げずによく来たな。度胸だけは、ほめてやる」


 シグマもう、先に着いていた。

 偉そうに腕を組んでいる。


「今ならまだ、ワビを入れれば許してやるぜ。おまえには、シルフィみたいに上等な女はもったいない。田舎者のヘタレ野郎には、近所のネエちゃんの尻でも追っかけてるのがお似合いだ」


 俺はカチンときた。

 邪魔されて、イライラしてたからかもしれない。


「うるさいな。どうせ俺は押しの弱いヘタレだよ。……でも、おまえはどうなんだ。脈のない女性に付きまとうなんて、ただのストーカーじゃないか。悔しかったら、かかって来い。こんな決闘なんて、チャッチャと終わらせてやる」


「この、クソ野郎。バカにしやがって……適当にボコって許してやろうと思ったが、もうやめだ。腕の一本も斬り落としてやるから覚悟しろ。

 オレは本気だぜ。全部、オマエのせいだ。おまえさえいなければ、オレはずっとお姫様に憧れていられたんだ」


 シグマはスラリと剣を抜いた。

 こいつは確か魔法戦士だった。魔力を攻撃力に変換する能力を持っている。

 近くにいるのは銀髪の回復術師だけで、女性のエルフはいない。たぶん、昨日のことで愛想を尽かされたんだろう。


「最初に条件を言うからな……よく聞け。オレが勝ったらシルフィにキスさせろ。

 ホッペとかじゃダメだ。口と口とだぞ。いいな!」


「ふざけるなっ!」

 冗談じゃない。俺だってまだなのに……シルフィの唇を奪われてたまるか。

 

「うおぉおおおおおおおお!」


 奇声を上げて突っこんでくるシグマを、俺は余裕を持って迎え撃った。

 剣を抜き、狙いを定める。圧倒的なステータスの差があるから、相手は止まっているようなものだ。後はただ、そのまま斬り払えばいい。

 でも、何か忘れている……ような気がする。


 あっ、そうだ。

 相手の胴体を両断する直前で、俺の腕がピタリと止まった。


 ハア、ハア、ハア……。

 冷や汗が、全身からどっと吹き出す。

 ヤバい、今のはヤバかった。もう少しで、本当に殺すところだった。

 【勇者】の一撃は必殺だ。体を真っ二つにしたら、【大賢者】のギガヒーリングでも間に合わない。


 ただし、この瞬間にも時間は進んでいる。

 自分の剣を止めた代わりに、左腕でシグマの剣を受けとめるしかなかった。私的な決闘では鎧をつけないのがルールだから、もちろん素手だ。


「おい、これ。どうなってるんだ?」


 真上から降りおろしたシグマの剣が、俺の腕でピッタリと止まっていた。

 もちろん、オーラをまとった【勇者】の腕が、普通の【魔法戦士】に斬れるわけがない。俺の腕は全くの無傷だ。


「俺の剣は、鎧ごと両断するんだぞ。それを、それを……」


 シグマの手は震えていた。

 剣先も小刻みに動いているが、当然、痛くもかゆくもない。


「どうせその剣じゃ、傷もつけられない。わかったら早く剣を捨てろ」


「ば、化け物め……」


「うるさいっ!」

 化け物と言われて、俺はカッとなった。


 ボキボキボキ、グギャッ。

 うわっ、やっちまった。

 剣をもぎ取ろうとして、力を入れすぎた。あの音じゃ、間違いなく折れてる。


「ごめん、痛かったか? すぐに治してやる」


「さ、さわるな!」

 シグマが叫んだ。

 剣を持っていた方の腕が、不自然にねじ曲がっている。少なくとも、複雑骨折をしているのは間違いない。

 俺はゾッとした。

 シルフィに約束したのに……。

 こんなことじゃ、いつか絶対に人を殺してしまう。


 シグマの目は、恐怖を通りこして狂気に変わっていた。


「わ、わかったぞ。こんなことができるのは『勇者』か『上級魔族』だけだ。……勇者はとっくの昔に死んだ。考えられることはひとつだけだ。

 おまえは人間じゃない。魔族だ! 人間の皮をかぶった悪魔だ!

 最初からおかしいと思ったんだ。おまえみたいに冴えない男に、シルフィが惚れるわけがない。支配魔法で、シルフィの純真な心をたぶらかしたんだな」


「おいおい、冷静になってくれよ。痛くしたのは謝る。ゴメン。でも、ワザとやったんじゃないんだ。ちゃんと元に戻すから許してくれ」


「だ、誰が魔族の言葉を信じるもんか。これを見ろ! オレの取っておきだ。

 おまえはここで、オレと一緒に死ぬんだ。シルフィ、愛してるぜ。オレは死んでも、おまえを守れるなら後悔はしない……」


 シグマは懐から、金属のボールのようなものを取り出した。複雑に折れた腕の代わりに、口でピンを外す。


「ミリア、あれって何だ」


「ハイ、手榴弾です。爆薬の代わりに魔力が詰まっています。高価な武器ですが、ハイオークを一撃で倒す威力があります」


 のんびりと解説をしてもらっている間に、手榴弾が爆発した。

 銀髪の回復術師が、シルフィが……何かを叫んでいる。だが閃光と爆発音にまぎれて、俺には何を言っているのか全くわからなかった。

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