仲間との絆

「このオレが話を聞いてやるって言ったんだ。さあ、早く座れ」


 俺とシルフィは、シグマの正面に座った。間にラジョアが、ちょこんと席につく。

 テーブルにかかりそうになった金髪を、シルフィが手ですくうようにして後ろに流した。そんな何気ない仕草も、うっとりするほど美しい。


「まずは、私の話を聞いてくれ。ショウヘイの紹介はそれからだ。……私とラジョアは、このパーティーを脱退することにした。今まで世話になってきたのに、急にこんなことになってすまない。もちろん当面の損害については賠償する。報酬の三ヶ月分でいいだろうか。足りなければ、これから働いて返す」


「ゲッ……」


 シグマは絶句した。

 目を丸く見開いたまま、動きすら止まっている。

 隣にいた銀髪の【回復術師】が肩を揺すった。


「おいっ、シグマ。固まってるんじゃない。まだ話の途中だぞ。……くそっ、役に立たないリーダーだ。いいか、オレが話を引き継ぐからな。

 シルフィ、正直に答えてくれ。脱退の理由はなんだ。まさか、そこにいる男のためじゃないだろうな」


「もちろん自分のためだ。でも、関係がないとは言えない。その……実は、ショウヘイは私の婚約者なんだ」


「ぐぼっ……」

 今度は【回復術師】が絶句した。


「ショウヘイとずっと一緒にいたい。それがこのパーティーを抜ける理由だ。たぶん私たちで別のパーティーを作ることになると思う。もちろん『銀狼の牙』とはずっと協力していきたい。要請してもらえれば、いつでも駆けつけるつもりだ」


「お、おい。シルフィ、まさか……」


 ようやく回復したシグマが、水の入ったジョッキををあおった。

 血走った目で俺をにらみつける。


「プハッ、息が止まるかと思った。それでオマエ、正直に言えよ。オレだって真剣にシルフィを狙ってたんだ。単刀直入に聞く。シルフィとはもうヤッタのか?」


「いや、そんな。まだお付き合いを始めたばかりで……」


「いいや、そんなことはないぞ。私の方の準備はできている。

 さっきも、✖️✖️✖️をするつもりで迫ったんだが、してもらえなかった。もちろん結婚したら、当然の権利として✖️✖️✖️や✖️✖️✖️もするつもりだ。ソラの話だと、私の体を使えばどんな男も骨抜きにできるらしい」


「ぐばっ!」


「ぐひゃっ!」


 男どもが、またもや撃沈した。

 特にシグマは深刻だ。血管も切れているかもしれない。


「あぁーあ。バカな男たち。ショックを受けるくらいなら、最初から聞かなきゃいいのに。見苦しいにも程があるわ。ホント、あきれちゃう。

 でもこれで、私の言ってたことが正しいってわかったでしょう。……この女は売女ばいたよ。あんな卑猥な言葉を口にできるなんて、マトモな女性じゃないわ」


 いや、それは誰かの影響だと思う。

 ミリアが翻訳してくれない言葉は、実はかなり汚いスラングらしい。お上品なご婦人だったら、聞いただけで卒倒するレベルだそうだ。


「それにしても意外ね。その下品な女が選んだのが、こんなさえない男だなんてね。てっきり、もっと上等な男を引っかけるのかと思っていたわ」


「そんなことはないぞ。ショウヘイは、イザとなるとすごいんだ。

 信じられるか。……私の目の前で全裸になったかと思うと、ショウヘイはドラゴンと同じくらいに大きくなったんだ。あの時の興奮は絶対に忘れることはできない。私はその時、ショウヘイの女になると誓ったんだ」


「げぼっ!」


「ごぼっ!」


 二人が同時に噴いた。

 汚ねえ。シグマの奴、テーブルを汚しやがった。


 だが、シルフィは顔色ひとつ変えていない。

 ドラゴンと俺が戦った時のことを、ただ説明しただけだと思っている。適当に事実をぼやかしてるのは、彼女なりの配慮のつもりなんだろう。

 俺はポケットの中をいじった。


「ミリア、【経歴擬装】で、今のをなかったことにできないか?」


「イイエ、それは不可能です。【経歴擬装】で変更できるのは、あくまで自分の経歴だけです。今の会話の主体は、ショウヘイ様ではありません。

 たとえば、ショウヘイ様がこの場にいなかったことにするなら可能ですが、その場合はストーリーの整合性を保つため、この店から出て行く必要があります」


 問題外だ。

 ここで逃げるとか、できるわけがない。

 これも、シルフィに惚れた男の宿命だ。恥ずかしくても耐えよう。たぶん……きっと、そのうちに慣れるだろう。


 ガタン! 大きな音を立てて、【弓使い】のエルフが立ち上がった。

 怒りで眉がつり上がっている。


「じょ、冗談じゃないわ。こんなハレンチな女とは同じ空気を吸えないわ。帰る! 帰ります」


「おいおい。待てよ。まだ話の途中だぜ。

 それにパーティーのことはどうするんだ。二人も抜けられたら仕事にならないぜ。冒険者ギルドで、魔女がどれだけ貴重だと思ってるんだ」


「知らないわよ。あんたたちが鼻の下を伸ばしているから、この女がつけ上がるんでしょう。とにかく私はごめんだわ。

 シルフィを追い出さないなら、私が出て行くわ。これでも誘ってくれるパーティーはいくつもあるのよ。スラムの娼婦みたいな女のそばでは、もう息をするのも嫌!」


 そのまま、エルフの女性は店を出てしまった。

 修羅場だ。本当の修羅場だ。


「ほうら、不思議だろう。タニアはいつも、こんな感じで勝手に腹を立てるんだ」 


 いいえ、たぶん不思議なのはアナタの方です。

 本当はそう思ったが、ヘタレな俺は適当に相槌を打ってしまった。

 とりあえず、人間関係は完全に崩壊した。もう取り返しはつかないが、全く自覚のないシルフィと、最初から空気を読まないラジョアは平然としている。


 俺はなんだか、『銀狼の牙』のメンバーの方がかわいそうになってきた。

 リーダーのシグマなんかはもう、発狂寸前だ。


「とにかく、みんなキサマのせいだ。シルフィを返せっ。

 ……そうだ、け、決闘だ! もう許さない。オレかおまえか、生き残った方がシルフィを手に入れる。それでいいな、逃げるなよ」 


 決闘を申しこまれて、俺はむしろホッとしていた。

 シグマとは圧倒的な実力差がある。シルフィのことをあきらめてくれるまで、適当にあしらってやればいい。

 さっさと期日と段取りを決めてしまうと、俺たちはその場を逃げるように去った。


 ぐっ、ぐすっ、うぉわあああ。

 どうしてなんだ。じるふぃい、じるふぃい……。

 酒場にいる客がドン引きしているのも構わず、シグマは大声で泣き続けた。

 店を離れても、シグマの嗚咽が耳の底に残ってどうしても消えなかった。

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