8 Aランクパーティー『銀狼の牙』

Aランクパーティー『銀狼の牙』

「この世界にも夕焼けはあるんだな」


 俺は、赤く染まった空を眺めた。

 あの日、スラム街から見た空は狭く小さかった。ここは建物の高さもそろっていて道幅も広い。落ちてゆく太陽がはっきりと見える。


 夕暮れを待って、俺たちは指定された場所に向かった。

 この世界には携帯電話がないから、待ち合わせをするのも簡単じゃない。冒険者ギルドの伝言システムを使い、メッセンジャーを雇った。それだけでも銀貨の支出だ。


「『銀狼の牙』のメンバーって、どんな奴なんだ?」

 並んで歩きながら、シルフィに聞いた。

 ソラは宿屋で留守番だ。ラジョアも一緒にいるが、小さいから視界には入らない。


「残りのメンバーは三人だ。リーダーは【魔法剣士】のシグマ。私よりは弱いが、まずまずの腕前だ。【回復術師】のメセタは、ハイヒーリングまでは使える。おかげでうちのパーティーではポーションを買ったことがない。

 最後のひとりは女性のエルフだ。名前はタニア。優秀な【弓使い】だが、なんとなく私を嫌っているような気がする」


「何かあったのか?」


「何も心当たりがないから困っているんだ。男に色目を使っているとか。ありもしない言いがかりをつけてくる。

 男には興味がないと、何度言っても信じてくれない。……ああ、もちろん今は違うぞ。私は、おまえとこうして歩いているだけで幸せだ」


 くうぅぅう、いいぞ。今のいい。

 よし、このままの勢いで、手をにぎってしまえ。そう思ったが、ラジョアが絶妙な位置で邪魔をしている。

 

「でもまあ、メンバーの仲はいい方だ。シグマもメセタも、私のことを気にかけてくれている。

 ただ二人とも困ったクセがあってな。宝石とか絹の布地とか、やたらと高価な物をプレゼントしようとするんだ。毎回返すんだが、仕事でお金が入るとまた持ってくる。私はそんなに貧乏に見えるんだろうか」


 わ、わかりやすい……。

 鈍感な俺にだって理解できる。

 パーティーの男どもはシルフィに首ったけで、エルフの女性が嫉妬している。王道の展開だ。それを、本人だけが気づいていない。

 


 『銀狼の牙』のリーダーが指定したのは、『ドラゴンの尻尾亭』という名の居酒屋だった。店の入口に、ドラゴンが酒を飲んでいる絵の看板がある。


 中に入るとすぐに、大げさに手を振っている男が見えた。

「おぉーい、シルフィ。こっちだ、こっちだ。早く来い。先に飲んでたぞ」


 テーブルの上にはもう、いくつものジョッキが並んでいる。

 髪の色からすると、この男がリーダーのシグマだろう。髪の毛だけでなく、ほっぺたまで赤くなっている。


「いや、久しぶりに会えると思ったら、ついつい早く来ちまった。隣に座れよ。実はオレからも話したいことがあったんだ。

 それでさ……ん、なんだ。見ない顔だな。そこにいる男は誰だ」


 上機嫌だったシグマの表情が、急に険しくなった。

 テーブルには他にも、銀髪を短く整えた男と耳の尖ったエルフの女性がいた。

 シルフィの言っていた残りのメンバー、メセタとタニアだろう。二人の前にもジョッキはあったが、まだ一杯目だ。


「そのことで話がある。まずは話を聞いてくれ」


「あ……ああ、いいぜ。なんでも言ってくれ。おまえの話ならいつでも大歓迎だ。

 ははは。それにしても、シルフィも物好きだな。こんなパッとしない男を連れて来るなんてな。どうせ仕事の紹介でも頼まれたんだろう。Cランクのパーティーなら口を聞いてやるぜ。荷物持ちでよければ、求人があるそうだ」


「ショウヘイをバカにする気か? ……いくら仲間でも、言っていいことと悪いことがあるぞ」


 シルフィが珍しく怒った。

 予想外の反応だったんだろう。シグマはあわてて首を横に振った。


「い、いや。今のは冗談だ。本気にするなよ。……ええと、ショウヘイだったな。覚えておく。何か困ったことがあったら言ってくれ。

 そうだ。それよりシルフィ、聞いてくれよ。おまえのいない間に、オレもレベルアップしたんだぜ。ギルドの測定機で、攻撃力が100になったんだ。確かおまえより強くなったら、オレと二人っきりで遠征用の買い出しに行ってくれる約束だったよな。覚えてるだろう」


「……実は、私もレベルアップしたんだ。今の攻撃力は121だ。それに、そもそも。それって何の意味があるんだ? 二人だけで買い出しに行ったって、不便なだけだろう。どうせなら、みんなで行った方が荷物持ちが多くて楽じゃないか」


 うわっ。天然もここまで来ると驚く。

 俺は助け舟を出すことにした。


「ま、まあまあ。座ってゆっくりと話し合いましょう。シルフィもそう言ってるじゃないですか」


「シルフィ? 呼び捨てにするとは、いい度胸だな」


「頼む、シグマ。落ち着いて話をさせてくれ。メセタ、タニア。二人にも頼む。大切なパーティーの仲間だからこそ、キチンと話をしたいんだ。お願いだ」


「おい、シグマ。おまえ酔っ払ってるんだろう。見苦しいぞ。シルフィは説明しようとしてるんだ。まずは人の話を聞け」


「ふん。どうせ、男が出来たとか言うつもりでしょう。いいじゃない。お似合いの貧相な男だわ。こんな色ボケ女には見切りをつけて、さっさとパーティーから追放しちゃえばいいのよ」


 今まで様子を見ていた二人も、口を出し始めた。

 完全に予想通りの展開だ。

 

「落ち着いて話もできない愚か者は、みんな死ねばいい」

 ラジョアがボソッと言った。

 うわっ。なんだか、すごいインパクトがある。 


「わかったよ。話を聞いてやる」

 シグマはようやく観念したように言った。


「おい、オヤジ。酔い覚ましに水を持ってこい。ジョッキでだ。コイツが何者なのか説明してもらおうじゃないか」


 ドン。飲みかけのジョッキをテーブルにたたきつけるように置くと、シグマは俺をグッとにらみつけた。

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