シルフィの決意

「おおい。もう大丈夫か」

 ノックをしてから、俺はドアごしに声をかけた。

 シルフィは、宿屋になっている店の二階で休ませてもらった。金は払ってあるから構わないが、もう午後四時だ。これから出かけることを考えると、そろそろ準備した方がいい。


「ショウヘイか? 待っていた。入ってくれ」


 待っていた?

 どういう意味だろう。


「早くしてくれ。このままだとつらい……」


「わかったよ。いま行く」


 ギィィィィ。

 俺はドアを開けた。そして、ゆっくりと視線を……。


「う、うわっ!」

 俺は腰を抜かしそうになった。


 そこには、レースのような薄い布を体にまとったシルフィが立っていた。

 下の方からは、スラリと長い素足がのぞいている。

 女性としては長身だが細身の身体。金色の髪に青い瞳。大ぶりの果実のような胸の形がハッキリとわかる。


 布地の下から真っ白な肌が透けて見えていた。

 裸だ。この下は間違いなく裸だ。


「ドアを閉めてくれ。恥ずかしい」


「い、いや。なんだ。えっと……どうして、そんな格好をしてるんだ」

 これがヘタレなセリフなのは俺にでもわかる。

 でも、他になんて言えばいいんだ。


「はしたない女だとは思わないでくれ。私は今まで、他の誰にも肌をさらしたことはない。自分がこんな娼婦みたいなことをするなんて、思ってもいなかった。

 でも、それをしないと、おまえの特別な女にはなれないんだろう。もう覚悟はできている。私を本当の意味でおまえの物にしてくれ」


 本気だ。シルフィは本気だ。そんなことは、ヘタレの俺にでもわかる。


 ゴクリと喉が鳴った。

 ど、どうする。


「と、とりあえず、落ち着こう」


 もちろんわかってる。

 落ち着いていないのは俺の方だ。

 

 それを聞いたせいか、シルフィは不安そうな顔になった。


「ショウヘイは、嫌なのか?」


「嫌なわけないだろう。断じて嫌じゃない。嫌じゃないけど……ただ、ずいぶんと急じゃないか。まだ付き合ってから何日も経ってないんだぜ。こういうのには順序があるんだろう。まず、ご両親にあいさつして……」


「私に両親はいない」


「えっ?」


「二人とも死んでしまった。……でも、もし生きていたとしたら、私のことを軽蔑していたかもしれないな。父と母は、私を誇り高い女性として育てようとしていた。いずれは、自分たちの跡を継がせるつもりだったんだろう。

 だが、誇りなんか持っていても何になる。優しかった両親も、ずっと続くと思っていた国も。あの日を境に全てが消えてしまった。私が欲しいのは……私を欲しいと思ってもらいたいのは、世界でおまえだけだ。私は、おまえが好きだ。さっき、それがハッキリとわかった。それだけでは不足なのか?」


「不足なんか、あるわけがない」

 こんなことを言ってもらって、心が動かなかったら人間じゃない。

 俺はゴクリとツバを呑みこんだ。


「俺だって好きだ。おまえのためなら何でもする」

 

「……それなら、私を好きに使ってくれ。聞いたぞ。男は✖️✖️✖️させてくれない女には、すぐに飽きるんだろう。ショウヘイのためなら、娼婦にでも何にでもなる。おまえに嫌われたら、私はもう、生きていけない」


 ミリアは翻訳してくれなかったが、それが何を意味するのかは明らかだ。


「バカ、そんなこと誰に聞いたんだ?」


「おまえが連れている女の子だ。あの子は、おまえのことは何でも知っていると言っていたぞ」


 げっ。この、マセガキが!

 いや、それよりも。そんなこと子どもに聞くな!

 

「私に魅力ないなら言ってくれ。これでも肌の白さだけには自信があるんだ。少し、大きすぎるかもしれないが……胸の形も悪くはないと思う。男は、そういうのが好きなんだろう。おまえには、私の全てを見てほしい。おまえの女になって、ずっと一緒にいさせてほしい」


 シルフィは、そう言うと体を隠していた薄い布をゆっくりと開こうとした。


 まずい、鼻血が出そうだ。

 い、いやっ、出る。本当に出る。


 ツー。冷たい液体が流れて、口に入った。

 けっこう量が出ているっぽい。こんな時に鼻血を出すなんて……くそっ、俺はどれだけマヌケなんだ。


「ショウヘイ、どうしたんだ。血が出てるぞ」


「こ、これは別に……」


「大変だ。少し待ってくれ。誰か呼んでくる」


 シルフィは体を隠していた布を投げ捨てた。一瞬、布で視界がさえぎられる。その間に、彼女は脱いであったチュニックを頭からかぶった。


 俺のために急いでいるのはわかる。

 でも……速い、あまりにも速すぎる。


 結局、白い体がうねるように見えただけで、大切なところは確認できなかった。


 チャンスだったのに……。

 俺はハッとした。いや、それどころじゃない。

 シルフィは誰かを連れて来ると言っていた。こんな所を見られたら大変だ。


 小学生の頃、授業中にのぼせて鼻血を出したことがある。それから半年くらいは、俺のあだ名は『鼻血マン』だった。

 まるで小さい子どもみたいに、俺は袖口でゴシゴシと鼻を拭いた。

 くそっ、なかなか止まらない。


「ミリア、どうしたら鼻血が止まるんだ」


「ハイ、ヒーリングを使えば一瞬で止まります。【職種偽装】で、回復魔法を使える職業を設定してください」

 

 そ、そうだ。そうだった。

 俺はあわててステータスを設定し直した。

 鼻血を止めるために【大賢者】になってヒーリングを使う。贅沢なんだか、マヌケなんだかわからない。

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