新しい都市

 目的の都市、ザルフは王都にも匹敵するくらいの巨大な都市だった。

 むしろ豊かさでは上を行っているような気がする。たとえば、王都では珍しくなかった物乞いがほとんどいない。街も清潔だ。


「今回は、君のおかげで予定より早く着くことができた。感謝している。特別ボーナスを含めて金貨5枚を支払おう。これからも私の顔を見たら、いつでも声をかけてくれたまえ」


 幌馬車から降りた時、ジェイロウはわざわざ顔を出してくれた。


「こんなにもらって、いいんですか。結局ドラゴンは現れなかったんですよ」


「同じことだ。君の存在がなければ、リーディアの森を通ろうとは思わなかった。通商ルートの安全を確認できただけでも大きな功績だ。商人仲間にも自慢ができる」


「ソラちゃん、またね。次に会うときは私も人妻かもしれないけど、お茶くらいはご馳走するわ」


 ジェイロウの娘のセリナが、お菓子の包みを渡してくれた。

 自分たちが急がせたせいで隊商が全滅しかかったことを、この二人は知らない。

 でもまあ、いいか。その方が幸せだ。俺だってフルチンでドラゴンと戦ったことなんて、誰にも覚えていてほしくない。


 最後にガストーが俺の手を握った。

「じゃあな、ショウヘイ。あんたと一緒に仕事ができて光栄だったぜ。あの金髪のお姉ちゃんと仲良くやりな。ああいう情の深い女は、大切にすればそれだけ尽くしてくれるもんだ。大変だろうが、それなりの見返りはあると思うぜ」


「ありがとう」


 短い間だったが、ジェイロウの隊商はそれなりに居心地のいい場所だった。

 この世界で生きていくだけだったら、何の支障もない。


 だが、俺にはまだ別の目的があった。

 冒険者になって実力をつけ、同時にこの世界のことを知る。そして委員長や召喚された他の人間がどうなったかを調べて、場合によっては助ける。

 その他に、ソラのこともある。もし生きているなら、お姉さんを探してやりたい。


 ……そして、何よりもシルフィのことだ。

 ヘタレ生活17年のモブ男に、初めてできたカノジョだ。

 ここは心を入れ替えて、しっかり彼女を守らなきゃいけない。


 俺はシルフィに声をかけた。

「とりあえず、飯でも食べないか。一緒にこれからのことを考えよう」


「私もついて行ってやる」


 ラジョアの言葉に、いつもの『死ねばいい』がない。

 それだけで逆に何か新鮮だ。



 結局俺は、魔女二人とソラを連れて街の食堂に行った。

 この街はシルフィたちの冒険者パーティーのホームタウンだ。店のチョイスは彼女に頼んだ。旅行者が集まる一角にあって、夜は酒場と宿屋になるらしい。


「今日は俺のオゴリだ。ラジョアも好きなだけ食べてくれ」


「ふん、当然だ。ケチな男は死ねばいい」


「本当にソラの好きな物を食べていいの?」


「ああ、ドンと来い」


 俺の財布には今回の報酬と合わせれば、まだ20枚以上の金貨がある。

 最初に王宮で聞いた話だと、これで親衛隊の兵士の年収くらいにはなるらしい。


「そういえば、シルフィは自分のパーティーには顔を出さないのか」


「今夜にでも話合いに行く。脱退のことを伝えないといけないからな」


「えっ? おまえ、パーティーをやめるつもりなのか」

 俺は驚いた。


「当然だろう。私はずっとショウヘイと一緒にいる。そう約束したはずだ」


「でもな……俺も冒険者になるつもりなんだぜ。たとえば俺が、そっちのパーティーに入るとかはダメなのか」


「パーティーの定員は五人だ。これはギルドの規約で決まっている。軍隊と区別するためらしいから、例外は許されない。

 いくらショウヘイが強くても、『疾風の銀狼』にメンバーの席はない。誰かを辞めさせるくらいなら自分が抜ける。それが筋道だ。それに私は、ほんの少しの時間だっておまえと離れたくない」


「もちろん私も一緒に抜ける」


「でも、二人も抜けて大丈夫なのか?」


「大丈夫なわけない。そんなこともわからないアホは、死ねばいい」


 まあ、それはそうだろう。

 五人のうち二人も抜けたら、戦力はガタガタになる。アイドルグループだったら解散の危機だ。


「わかった。その話合いに俺も連れてってくれ」


「いいのか? 決闘を申しこまれるかもしれないぞ」


「望むところだ。シルフィのためなら俺は、どんな奴とだって戦う。惚れた女を守れなくて、何が男だ」


 決まった。

 そう思った。だが、反応がなかなか来ない。

 まさか、臭いセリフにドン引きされたとか……。


 おそるおそる、まわりの顔を見る。

 ソラは、プイと横を向いている。まあ、別にいい。

 ラジョアは……帽子を深くかぶっているから、表情そのものがよくわからない。

 肝心なのはシルフィだ。シルフィは……ゲッ。泣いてる。


「なにか悪い物でも食べたのか?」


「最悪のフォローだ。死ねばいい」

 ラジョアの言葉が、俺の胸にグサッと突き刺さった。


「わからない……本当にわからないんだ。おまえのことを知ってから、知らない感情がいっぱい出てくる。おまえの言葉を聞いているだけで、幸せな気持ちがあふれてくるんだ。私は、おかしくなってしまったんだろうか」


「シルフィを安心させろ」

 ラジョアがボソッと言った。


 俺はそおぉっと、シルフィの手を取った。

 いつもより体温が高いような気がした。熱があるかもしれない。

 まさか、具合でも悪いのか? 聞いたほうがいいだろうか。

 いや待て。そんなことをしたら、ラジョアに『間が悪い』って叱られる。


「寄りかかっても、いいか? 体中の骨が溶けたみたいなんだ」


 俺はビクッとした。シルフィの柔らかい体が、崩れるようにもたれかかってくる。

 彼女は俺の耳元でささやいた。


「わかったぞ。これが愛しいということなんだな。ふふっ、食べてしまいたくなる。ショウヘイも、私のことを食べてくれ」


 シルフィの息からはいい匂いがした。

 ウイスキーボンボンのような甘い香り。

 ああ、本当だ。溶けてしまう。体が幸福感で溶けていく……。



「すいません、お客さん。お客さん」

 店の主人があわてて走ってきた。


「それ、夜に出す強い酒です。間違えて出しちまいました。飲んだ分はいいですから、こっちと取り替えてください」


「ん、そうなのか?」

 シルフィは気だるそうな目で、自分のグラスを眺めた。


 普通、匂いとか味でわかるだろう……。

 でも、まあ。それが可愛い。

 俺はこの千載一遇のチャンスに、思い切ってシルフィの肩を抱いた。いつもは冷たい声を浴びせてくるラジョアも、今回だけは何も言わなかった。


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