ドラゴンとの激闘

 俺は折れた剣を投げ捨てた。

 ドラゴンの足に当たったが、何の反応もない。こんな物、小石に当たった程にも感じていないんだろう。


 よく見ると、さっきのシルフィの攻撃でついた傷から青黒い体液が流れていた。

 無視したのは、そのせいか。傷をつけられたことに怒っているんだ。


 ドラゴンはシルフィに近づいて、足を大きく上げた。彼女を踏みつぶす気だ。何か方法はないのか、何か……。


 昨日の夜に見たシルフィの笑顔が蘇った。

 くそっ、まだ告白もしてないんだ。死なせてたまるか……。

 俺はパッと、あることに気がついた。そうだ。アレだ。


「ウスラハゲ!!」


 俺は絶叫した。

 恥ずかしい言葉で良かった。そうでもなければ覚えていない。


 呪文と同時に力があふれてくる。

 俺の本来のステータスが、【剣聖】の限界を解除されて全身に流れこんでくる。

 これなら無敵だ。そう思わせるような充実感があった。ドラゴンだからってビビる必要はない。こんなのは、ただのでっかいトカゲだ。


 俺はドラゴンの前に立ち塞がった。

「おまえの敵は俺だ!」


 ギガブレイク……は、勇者じゃないから使えない。

 だが俺にはパワーが、圧倒的なステータスがある。


 俺はドラゴンの足に正拳突きをかました。

 ウギャアアァァァ。ズズズン。


 ドラゴンが絶叫して倒れる。

 鉄壁だったウロコが砕け散った。だが、俺のコブシは痛くもかゆくもない。

 ええい、面倒くさい。


「うおぉぉぉぉお!」

 魔力を集めるように力をためると、俺の体が膨張してくるのがわかった。


 最初は足しか見えなかったドラゴンが、だんだんと縮んでいった。いや、逆だ。俺が巨大化している。あっという間に俺は、ドラゴンと肩を並べるようになった。


 グ、ググッ。

 ドラゴンが初めてたじろいだ。


「これはシルフィの分だっ!」

 俺は思い切り、ドラゴンの鼻面をぶん殴った。

 ドラゴンがぶっ飛ぶ。森の木を巻きこみながら、大地にたたきつけられる。


「グウォオオオオン」


「このクソトカゲがっ! うるさいんだよ」


 転がった体を蹴飛ばすと、ドラゴンは悲鳴を上げながら転がった。

 森が破壊され、大地が振動する。俺が睨みつけると、ドラゴンは腹を見せて尻尾を丸めた。

 トドメを刺すか……いや、それよりもシルフィだ。シルフィが死んでしまったら、こんな勝利なんてなんの意味もない。


 ピロン、ピロン、ピロン……。

 俺のレベルアップを伝える通知の音が聞こえた。


 なんだ? 幻聴か?

 俺はハッと気づいた。バージョンアップの新機能だ。遠くにいても通知が聞こえるようになる。使用上の注意に、そう書いてあった。


 携帯電話は、横転した馬車のすぐ横にあった。

 くそっ、戻れ。このままじゃスマホが拾えない。


 俺の体は急速に縮んでいった。

 スマホを拾って、シルフィの倒れている場所に急ぐ。

「ミリア、シルフィを救いたい。どうすればいい」


「ハイ、【職種ジョブ偽装】で【大賢者】になってください。魔力にステータスを極ふりすれば、究極魔法『ギガヒーリング』が使用できます」


 翼を羽ばたかせながら、ドラゴンが逃げて行った。

 でも、そんなことは関係がない。


 俺はシルフィを抱きおこした。呼吸が弱い。もう虫の息だ。

「ジャ、ジャック。見ていたぞ。すごいな……」


「もうしゃべるなっ!」

 俺は片手でスマホを操作し続けた。


『設定【大賢者】。選択、実行。ステータス、体力9、攻撃力9、魔力999……』

 テンキーをタップするのがもどかしい。

 くそっ、エラーだ。一回多く押しちまった。


「わかっている。いいんだ。私はもう、助からない。

 まさか、男の腕の中で死ぬことになるとは思っていなかったが……そんなに、悪いものではないな。

 心残りはひとつだけだ。私は、私は……」

 

『【偽装ステータス】を設定します。よろしければ【OK】ボタンをクリックしてください』


「私は、おまえの女になりたかった……」


「O Kだっ!」

 決定ボタンを押した瞬間、俺は【大賢者】になった。

 大賢者なら呪文の詠唱も必要がない。何をどうすれば魔法が発動するか、全てがわかる。いや、最初からわかっている。


「ギガヒーリング!」

 それでも、俺は叫ばずにはいられなかった。

 シルフィの体が光に包まれた。折れた骨、傷ついた内臓、皮膚のスリ傷まで。全てが瞬間的に癒されていく。


 治療にかかった時間は、たったの数秒だった。


「どういうことだ。ジャック、私はどうしたんだ?」


 シルフィは、信じられないといった顔をした。

 スベスベとした白い肌。血色まで、もう前と変わりない。


「すまない、嘘をついていた。俺の本当の名前はショウヘイだ。俺にはステータスを偽装するスキルがあるんだ。世界にひとつしかないユニークスキルらしい」


「偽装するスキル?」


「今は【大賢者】に偽装している。『ギガヒーリング』はその魔法だ。たぶんもう、体の方はすっかり治っているはずだ」


「ふっ、ふふ……」

 シルフィは笑った。ドキッとするくらい魅力的だ。


「ここまで突拍子もない話だと、笑うしかないな。私は魔法にかけられたわけだ」


「気持ち悪いとか、思わないのか?」


「私はおまえに、全てをささげた女だ。何でも受け止めて、何でも従う。さっきそう誓っただろう。私はもう、おまえの物だ」


 へっ?

「ミリア。俺、そんなこと言ったか?」


「ハイ、おまえの女になるという申し出にショウヘイ様は『O K』と答えました。

 これはプロポーズの承諾だと理解するのが普通です」


 お、おい。マジかよ。

 俺は突然、シルフィのことを意識してしまった。鎧を身につけた輝くばかりに美しい女性。それが今、俺の腕の中にいる。


「ただ……その姿はちょっと。まだ昼間だぞ。私も恥ずかしい」


 うわっ、そうだ。

 さっき巨大化した時、服が破れてたんだ。魔力のオーラのせいで気づかなかった。


「ステルス!」


 呪文を唱えた瞬間から、俺の体は誰からも見えなくなった。これも【大賢者】だけが使えるチート級の魔法だ。

 俺はシルフィをその場に横たえると、傭兵たちが乗っていた幌馬車まで戻った。自分の荷物の中から替えの下着を引っ張り出して着替える。

 上着は……最初に着ていたチョッキとズボンが、洗って置いてあった。

 

 全部でも二分はかからなかったと思う。

 もちろん誰にも気づかれなかった。ステルスは周囲の認識から、自分だけが消える魔法だ。服を着た状態でも姿を隠すことができる。

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