リーディアの森
俺たちはリーディアの森に入る直前で野営した。
翌朝早く出発し、日が落ちるまでに森を抜ける。そういう計画だ。
「隣に座っても、いいか?」
「ああ、どうぞ」
俺の横に、シルフィが腰をおろした。
結界を張った後だから、鎧は脱いでいる。膝下まである灰色のチュニック姿だ。
うわっ、揺れてる。
俺はあわてて正面を向いた。この世界にはブラジャーをつける習慣がないらしい。
「……どうした。何か話でもあるのか」
ああ、ダメだ。もっとマシなことを言え。
この絶望的なヘタレ具合には、自分でも感心する。
「どうしても、ジャック殿と話したくなった。迷惑だったか」
目の前で、焚き火がパチパチとはぜている。
明日のことがあるから、俺は見張りを免除されていた。ソラはもう寝てしまったから、ここにはシルフィと二人だけだ。
「別に構わないけど。明日は早いから、早く寝た方がいいんじゃないか」
「眠れないんだ。ここが、こう。ドキドキしてて。明日が、もしかしたら人生最期の日かもしれない。そう思ったら急にジャック殿に会いたくなった。恥ずかしいが、こんなことは初めてだ」
シルフィは自分の胸を触った。大きいから持ち上げたような感じになる。男の目を意識しているのなら犯罪だ。
「……そうだ。手を触ってみてもいいか?」
ビビッと電流が走った。
柔らかい女性の手の感触。目をそらしていても、俺の左手が優しく包まれているのがわかる。
「ふうん、思ったより固くないんだな。鍛えた男の手は、もっと固いのかと思った」
いやいや、別に鍛えてないから。スキルでゴリ押ししてるだけだから。
だが、ここでネタばらしをするわけにもいかない。
「シルフィだって柔らかいじゃないか」
「私は魔法戦士だからな。魔力をめぐらせるためには、むしろ体を柔らかくしておく方がいいんだ。全ては魔力がカバーしてくれる」
シルフィは何事もなかったように俺の手を放した。
動揺とか、余韻とかもない。ただ、本当に手の固さを確認したかっただけだったみたいだ。
その時、俺は確信した。
天然だ。シルフィは間違いなく天然だ。その気になって突撃すると、間違いなく撃沈するタイプだ。
「大丈夫さ、ラジョアもいる。魔法使いなら、結界か何かでドラゴンを防いでくれるんだろう」
「結界は移動している時には使えない。それにどうせ、ドラゴンには効果がないはずだ。ラジョアの結界で防げるのは魔力換算のステータスで700までだ。ドラゴンの魔力値は2000を超えると聞いている」
「魔力値?」
「ああ、そうか。ジャック殿は冒険者じゃなかったな。モンスターはみんな魔力を持っている。……いや、逆だな。魔力を持っている動物をモンスターと呼ぶ。巨体なのに空を飛べだり、常識外れのパワーを持っているのはそのせいだ。
個体によっても違うが、ゴブリンは20、ジャイアントオークは50とか、だいたい種族によって決まっている。どっちにしても、ドラゴン相手にはお手上げだ」
「なら、どうして引き受けようと思ったんだ」
「意地だ……冒険者としての意地だ。女性の地位はまだまだ低い。パーティーの中には、女の冒険者をまるで娼婦みたいに扱う奴までいる。
力のある女性の冒険者は、常に男に負けない姿勢を見せなければいけないんだ。いるかどうかもわからないドラゴンに怯えて、背を向けるわけにはいかない」
そこで一度、彼女は言葉を切った。
俺を見て、ニッコリとほほ笑む。
反則だ。こんな笑顔を見せられたら抵抗できない。
「……それに、ジャック殿となら、一緒に戦ってみたいと思ったんだ。自分の隣を誰かに預けたいと思ったのは初めてだ。あの剣技を横で見ながら死ぬなら本望だ」
「ラジョアは……ラジョアも同じ気持ちなのか?」
「あの子は私のことが好きだから、同意してくれたんだと思う。本当は優しい子なんだ。私のためなら、ハンカチを貸すくらいの気軽さで命を預けてくれる」
「大丈夫だ。二人とも俺が絶対に守ってみせる」
らしくないセリフが、俺の口から出た。
「ふふっ、頼りにしてるよ。……うっ、ううん。なんだかいい気持ちだ。このまま眠りたいくらいだ」
シルフィは大きく伸びをした。横から見える胸もとがヤバい。
「この仕事が終わったら、ジャック殿に言いたいことがある。その時は、また私の話を聞いてくれ。明日は早い。もう休もう」
彼女はそういうと、立ち上がって行ってしまった。
焚き火もいつの間にか小さくなっている。
「ミリア、これって俺にも脈があると思うか?」
「恋愛占いが必要なら、別のアプリを起動します」
「別にいいよ。それにしても、おまえも言うようになったな」
「ハイ、ショウヘイ様と連動して私もバージョンアップしましたから。詳細は画面でご確認ください」
『スマートフォンの物理的な強度がアップしました。データ入力にアシスタント機能がつきました。レベルアップの通知が、端末から離れていても聞こえるようになりました』
……わりと、どうでもいい機能だ。
俺もさっさと寝るか。
立ち上がった時、さっきシルフィが座っていた場所に何かがあった。金色の長く細い糸……いや、髪の毛だ。月明かりにかざすと、キラキラと輝く。綺麗だ。
俺はその髪をこっそりと懐に入れた。
それだけで、俺にはまだ彼女がそこにいるような気がした。
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