作戦会議

 招かれた場所には、すでに席が用意されてた。

 食事も昨日食べた、ごった煮みたいなシチューじゃない。スープにサラダ、パンと多彩だ。屋外なのに、テーブルクロスまでかかっている。


「やあ、ジャック君。昨日の君の活躍は聞いたよ。よくやってくれたな。

 君には後で特別にボーナスを出そう。……ところで、その服は珍しいな。王都で仕立てた物かね」


「わかりますか。まあ、そんなものです」


「その、首につけている飾り布は……もしかして絹か。そうだとすれば、かなりの高級品だな。それに生地の織り方にもムラがない。良かったら、購入した店を教えてくれないか。ぜひ取引先に加えたい」


 俺はネクタイをひっくり返してタグを見た。

 『絹100%』。確かにそう書いてある。


「着飾っても中身は同じだ。シルフィに色目を使う男は死ねばいい」


 ラジョアの毒舌も、話題を変えたかった俺にはアシストになった。

 制服を買った店なんてとっくに忘れた。学校の指定店だったと思うが、どうせ世界の向こう側だ。


「ところで、作戦会議ってなんですか」


「あ、ああ。食事でもしながらと思っていたんだが……そうだな。先にその話をさせてもらえると助かる。実は相談があるんだ。これからの隊商のルートなんだが、リーディアの森を通ってもらえないだろうか」


「リーディアの森だって!」


 ガストーが驚いたような声を上げた。

 もちろん、この世界に来たばかりの俺には初めて聞く言葉だ。


「その森に何かあるんですか?」


「なんだ、知らないのか。リーディアの森には最近、ドラゴンが出たってウワサがあるんだ。災厄級のモンスターだぞ。出くわしたら、まず助からない。今は確か、通行禁止になっているはずだ」


「だが、それは単なるウワサだ。あの道を通れば行程が二日は短縮できる。……実は今度の旅には、商売の他にも目的があってな。娘のセリナに、ある青年を引き合わせることになっているのだ。できれば婚約にまで、こぎつけたい。そのための準備期間は長ければ長いほどいい……わかるだろう」


「でも旦那、ドラゴンですぜ。剣も魔法もほとんど効かない化け物だ。本物の軍隊だって何度もやられてます。勝ったのは……」


「一度だけだ。伝説の勇者、ジェンダーが百年前に討伐に成功している」

 シルフィが静かに言った。


「へっ、ジェンダーだって? そんなおとぎ話、誰が信じるってんだ。とにかく無理です、旦那。どうしてもって言うなら、オレは降りさせてもらいますぜ」


「まあ待て。私も最初はそう思った。だが、昨日の話を聞いて考え直したのだ。ここには強力な魔法使いと剣の達人がいる。民間としては最強クラスの戦力だ。

 もし恐れずにリーディアの森を通過すれば、大いなる賞賛が得られるだろう。重要な交易ルートの安全を確認したとなれば、セリナの婚約にもはずみがつく。……どうだ、全員に特別ボーナスを出すぞ。リーディアの森に挑戦したいとは思わないか?」


「ですが、旦那……」


「私に依存はない。いちど護衛を引き受けたからには、どのような状況であろうとリタイアはしない。そういう契約だ」


「臆病者はみんな、死ねばいい」

 ラジョアがまた、ボソッと言った。


「魔女のおふたりは同意してくださったようですな。男性が尻ごみをしているというのに、実に勇敢な方々だ。さて、昨日の英雄、ジャック君はどうですかな。男性代表としてお聞きしたい」


「ちょっとだけ、考えさせてください」

 俺は考えこむフリをして、スマホの音量ボタンを押した。

 これでミリアは、かすかな声でも拾ってくれる。


「ミリア、そのジェンダーとやらのステータスはどれくらいだったんだ?」


「ハイ、数々の功績から算定した推定値ですが、『体力800、攻撃力1000、魔力600』誤差プラスマイナス20パーセントの範囲内にあったと思われます。

 ドラゴンのステータスはさらに上ですが、【勇者】の必殺技『ギガブレイク』なら一撃で倒すことが可能です」


 よし、いける。

 レベルアップした俺のステータスは、その数倍はある。


「【勇者】に偽装したら、俺にも『ギガブレイク』が撃てるか?」


「ハイ、体力200、攻撃力600、魔力200に設定すれば、ギリギリ2発までなら撃つことが可能です」


「わかりました。やりましょう」


「さすがはジャック君だ。これで実力者三人の意見が出そろいましたな。さあ、あとはガストー、おまえだけだ。

 まさか臆病風に吹かれて逃げるんじゃないだろうな。長年の付き合いだ。ここで契約を切るなんてことは、私もしたくない」


「仕方がありませんな」

 ガストーもしぶしぶ同意した。


「さあ、そうと決まれば出発の準備だ。私もセリナと話をしてくる。中座させてもらうが、食事はゆっくりとしてくれたまえ」

 交易商人は上機嫌で席を立った。


「チッ、そんな気分になれるかってよ」

 ガストーは小さくそうつぶやくと、パンをつかんで行ってしまった。


 俺は食卓の上を眺めながら、ハッと思いついた。

 そうだ、ソラに持っていってやろう。自分でも食べたいのに、俺に差し出してくれたチョコレートクッキー。そのお返しだ。


「あの、パンをこのくらいの厚さに切ってもらえますか。それとバターがあればお願いします」

 俺は近くにいたメイドに声をかけた。


 パンにバターを塗って、サラダとハムをのせる。そしてその上に、パンをのせてはさむ。即席のサンドイッチだ。


「何をしているんだ」

 シルフィが不思議そうにのぞきこんできた。うわっ、胸もとが近い。それになんだか、いい匂いがする。


「こ、こうすると、食べるのに便利ですよ。やってみたらどうですか」


「食べ物で女を釣ろうとするゲスは、死ねばいい」


 そう言いながらも、ラジョアはメイドに同じ物を作らせていた。

 毒舌ばかりだが、俺はこの小さな魔女をなんとなく憎めなくなっていた。

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