5 リーディアの森

次の日の朝

「ジャックさん、起きてください。飯ができましたぜ」


 う、うぅん。今、何時だ。

 俺はスマホを手に取った。


『午前7時20分、木曜日。おはようございます』


 うわっ、ヤバい。遅刻だ!


 あわてて俺は飛び起きた。

 だが……何かが変だ。景色が違う。いつもの部屋じゃない。そうだ。幌馬車にいるんだった。すると、コッチが現実ってことか。

 目の前にいるのは髭ヅラの傭兵仲間だった。昨日のことがあってから、尊敬の度合いが高まってきたような気がする。


「ガストーさんと、ジェイロウの旦那も待ってます。魔女の二人も、後で来るって言ってました。何か、大事な相談があるらしいですぜ」


 ……魔女ね。

 ただの翻訳だろうが、魔女っていうと特別な雰囲気がある。


「ジャックさん、女性を待たせると面倒ですぜ。特にあの、ちっさい方の魔法使い。とんでもないヒネクレ者って話です」


 ちっさい方って言うから、たぶん結界を張った魔法使いだろう。

 シルフィがあれだけ美人なんだ。いったいどんな女性なのか、ちょっと興味がある。

 俺は毛布をめくって立ち上がった。


「わかった。すぐ行く。……そうだ。そう言えば、昨日着てたチョッキとズボンはどうしたんだ」


「ああ、あれですか。あれならジェイロウの旦那が連れてきたメイドが持っていきました。ひどい汚れでしたからね。後で洗濯したら返してくれるそうです」


 そうすると、マトモな服がないな。

 残っているのは、ソラが買ってくれた古着だけだ。ペラペラの安っぽい生地で、袖がかなり短い。オマケにヒザに穴が空いている。

 仕方がない。学生服を着るか。


 ガストーはともかく、シルフィの前でボロボロの古着を着るのは恥ずかしい。……意識してる? いや、そうじゃない。ただのエチケットだ。


 王都を出る時に、布袋の底に隠しておいたのが役に立った。まさか追手も、こんな所にはいないだろう。


 白いワイシャツに校章入りの赤いネクタイ。それに紺のスラックスにブレザー。

 よし。悪くない。コレって、この世界だとプレミア感あるんじゃないか。スラムで会った連中も高そうな服だって言ってたし。合成繊維も、ここでは貴重品のはずだ。


「お兄ちゃん! モンスターと戦ったんだって」

 馬車を出ると、すぐにソラが飛びついてきた。

 昨日は商人が連れてきたメイドと同じ馬車で寝たはずだ。そのせいか、髪もきっちり整っている。


「モンスターって言ってもゴブリンだよ。ザコさ」


「みんな言ってたよ。ジャックの剣は見えないくらい速かったって。お兄ちゃんなら、どんなモンスターが来てもやっつけちゃうよね」


「さあ、どうかな。戦ってみないとわからないな」


 本当は、そこそこ自信はあった。

 ステータスは裏切らない。今までの経験で、それがよくわかった。

 ゴブリン相手なら【剣聖】で楽勝だ。それもかなり抑えたステータスでだ。全力ならどこまで戦えるのか、自分でもよくわからない。


「ジャック殿、その……昨日はよく眠れたか」


 あ……。

 俺は一瞬、自分の目を疑った。


 シルフィが長いスカートをはいている。

 上はピンク色のブラウスだ。胸が大きいせいで、服がはち切れそうになっている。

 ヤバい。萌える。これは刺激的なんてもんじゃない。


 俺は生理現象を隠すため、太ももにぎゅっと力をこめた。

 落ち着け。平然と、平然とだ。この芝居ができなくて変態あつかいされたクラスメートを、俺は何人も知っている。


「眠れたさ。そっちこそ、どうなんだ?」


「正直に言うと、眠れなかった……どうしてだろうな。ジャック殿の姿が何度も何度も現れて、消えないんだ。こんなことは初めてだ」


 俺はゴクリとツバを飲みこんだ。

 脈アリ。そう思ってもいいところだ。

 だが俺には、これ以上前に進む勇気がない。


「そんなことより、どうしてそんな格好をしてるんだ」


「変か? お嬢様に貸してもらったんだ。女らしい服は持っていないからな」


 スカートの裾を指で開くように持ち上げると、ふわりと空気でふくらんだ。

 その仕草は無骨な戦士というより、まるでお姫様のようだった。


「女心を理解しないアホが。死ねばいい」

 ボソッとつぶやく声がした。


 誰だ? キョロキョロと見回してから、ようやく俺は声の主に気づいた。

 シルフィの陰に隠れるように子どもがいる……いや、魔女か。着ているローブがまるでパジャマのように見える。


「ラジョア、やめてくれ。これは私が好きでやっていることだ。

 私が言いたかったのは、つまり、昨日のことは気にしていないということだ。あれは私のミス……事故みたいなものだ。ジャック殿も気にしないでくれると助かる」


「あ、ああ。もちろんだ」


「このヘタレ。無神経な男は死ねばいい」


 小さな魔法使いは容赦がなかった。言葉がいちいちグサリと突き刺さる。


 俺を救ったのは傭兵隊長のガストーだった。

「さあさあ、ジェイロウの旦那がお待ちだ。そんなところで油を売ってないで、飯でも食いながら作戦会議といこう」

 

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