仲間の賞賛
結界の中に戻ると、すでに傭兵たちがズラリと並んで待っていた。
「すげえ、すげえぜ、ジャックさん」
「あんなの初めて見ましたよ。まるで、本物の勇者です」
「あの剣技、惚れ惚れしました。目に焼き付けて一生の宝物にします」
いや、だからそういうの苦手だから。ホメても何も出ないから。
こんな風に注目されたのは記憶にない。あまりの賞賛に、俺はこの場から逃げ出したくなった。だが、この雰囲気だと許してくれそうにない。
「正直、驚いたぜ。本当に自分だけでやっちまうとはな。おまえはオレたちの英雄だ……ほら。良かったら、これを使ってくれ」
ゴルドーがタオルを投げてくれた。
俺の体は、汗やホコリでドロドロだ。オマケにゴブリンの体液まで浴びている。清潔なタオルを使うのは気が引けた。
「汚すけど、いいのか?」
「タオルは汚れを拭くもんだ。こんな時に使わなくてどうする。
それにしても、いい物を見せてもらったぜ。……ゴブリンよりも、おまえの剣技の方ににビビって一歩も動けなかった。極限まで鍛えれば、魔力がなくてもそこまで戦えるんだな。派手な魔力にばかりに目が向いていた自分が恥ずかしくなる」
スミマセン。鍛えてないです。
しみじみと言われてしまったから、罪悪感で胸が痛くなった。
高校では運動部にすら入っていなかった。体力づくりに、たまに近所を走っていたくらいだ。剣技だって、本当はチャンバラレベルだ。
これも全てはチートスキルのおかげだ。オマケに本当の魔力は4200もある。
「私からも、いいか?」
おおっ。
例のコスプレ美女……じゃなかった。魔法戦士のシルフィだ。
彼女は一流の【魔法戦士】だ。魔力のステータスが高すぎるから、俺のように結界の外には出られない。当然、中で待機していたはずだ。
「さっきは、バカにして申し訳なかった。ジャック殿は本物の戦士だ。謝罪を受け入れてもらえるだろうか」
「い、いや、その。謝罪なんて……」
俺は、彼女の方を振り向いてギョッとした。
うわっ。こ、これ。見ていいのか?
他の傭兵たちも、目をむいたまま固まっていた。
あまりのことに誰も声が出せない。
焚き火の明かりに照らされた彼女は、ほとんど裸に近かった。
急いで武装してきたんだろう。肩当てとスネ当てだけはつけていた。スカートも身につけている。
……だが、アレがない。銀色に輝いているはずの胸あて。アレがないと、ヘソから上が丸裸だ。
うわっ、プルンプルンって揺れてる。……くそっ、ダメだ。俺の股間がヤバい。これ以上見ていたら、コッチまで昇天する。
たまりかねて、俺はこっそりスマホのボタンを押した。
「ミリア、どうしてシルフィは、こんな格好しているんだ」
「ハイ、あのタイプの胸あては内側にクッション素材があるので素肌のままつけることができます。
この世界の女性は、寝る時には素肌の上にチュニックを着るのが一般的ですが、シルフィ様はすぐに鎧を着用できるように上半身裸で寝ていたのでしょう。就寝中に飛び起きて武装したため、うっかり胸あてをつけるのを忘れたものと推測されます」
「でも、アレじゃあ寒いだろう」
「イイエ、そうとも言えません。シルフィ様は【魔法戦士】としても一流です。魔力のオーラに包まれているので、あまり温度の変化は感じないはずです」
「ん、どうした? 何を見ている。え……きゃぁあああ」
シルフィは突然、悲鳴を上げてしゃがみこんだ。恥ずかしそうに両腕で胸を隠す。
「み、見たのか」
「いや、今さらそんなこと言われても……」
まさか、本当に気づいていなかったのか?
ゴブリンの襲撃があったとはいえ、ふつう胸あてを忘れるか……いくらなんでも、天然すぎるだろう。
しまらない場面だったが、相手は魔法戦士だ。オーラを帯びた剣をブンブンと振り回されたら、もう逃げるしかない。
傭兵たちは、すぐにその場から逃げ散った。
俺もこっそり馬車に戻ろうと、シルフィから背を向けた。
そろりそろりと歩き出す。
「ま、待て。おまえにはまだ、聞きたいことがある」
「なんだ?」
俺は足を止めた。
もちろん前を向いたままだ。
「おまえは私の……その、つまり。私のこの姿を見てどう思った?」
「べつに……」
俺は、なんとか平然さを装った。
本当は、まだ興奮がおさまらない。さりげなく内股になってるくらいだ。
だが、正直に言ったら、たぶん斬り殺される。
「べつに……だと。私をバカにするつもりか!」
「じゃあ、どう言えばいいんだ。見たのは謝る。でも、事故だろう。しょうがないじゃないか」
「謝れなんて言っていない。ただ、おまえが私の体を見て、どう思ったかを知りたかったんだ。その、つまり……なんだ。女として。
とにかく、今の話は誰にも言うな。ここで見たことも忘れろ。いいな!」
シルフィは勝手に言い捨てると、その場を去っていった。
恥ずかしがったり怒ったり。わけがわからない。
「なんだ今のは……ミリア、わかるか?」
「イイエ、私には人間の感情を判断する機能はありません。
ただし、ショウヘイ様がいた世界の『マンガ』というコンテンツの中に、類似のシーンがあります。表示しますか?」
「いい、必要ない」
俺は誰もいないのに首を振った。
マンガの世界ならわかる。ラッキースケベが恋の始まりとか……。
でも、そんなベタな展開、現実にはあるわけがない。
馬車に戻ると、俺は誰とも話さずにすぐに横になった。
ただゴブリンを斬った手の感触と、目に焼きついたシルフィの美しい肢体だけは、ずっと消えずに記憶に残っていた。
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